パルスの星 長編 ダリューン編

□プロローグ
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その少女は、高く小さな窓から差し込む弱弱しい陽の光の中に立っていた。


城の北北東に位置するこの塔の窓からは、この冬の季節には朝のほんのわずかな間しか陽の光が入らない。そのかすかな暖かさを求めて、少女は決まった位置に毎朝立つのだ。

パルスの冬は厳しい。石造りの塔は隙間風が入り込み、壁はじっとりと濡れている。少女は麻でできた薄手の服を何枚も着込み、寝具として使う唯一暖かい毛布を肩から巻き付けていた。毛布の前をかきあわす手は寒さでかじかみ、吐く息は陽の光の中で白くキラキラと光った。



「姫様。」


少女が振り向くと、部屋の隅の人物がゆらりと立ち上がった。小さなその人物はコツコツと足音を立てながら、少女の横に立った。年は不明なほど老いている。黒ずくめの服装はこの老婆を小さな黒鴉のように見せている。


「何やら鐘の音がいつもと違いますな。騒々しいようですし、何かありましたかな。」



少女はゆっくりと窓に顔を向け直した。陽光が少女のまつげを光らせ、薄い影を薄茶色の瞳に落とす。


「なんにせよ・・・」



少女の青ざめた唇から、小さな声が漏れた。



「私たちには関係のないことでしょうね。」


老女は黙って頷くと、少女に倣って窓を見上げた。差し込む光が徐々に動いていき、幅を狭める。二人は光を追いながら、少しずつ移動した。



遠くから、急いだ足音が聞こえる。



二人は顔を見合わせた。塔での生活は単調だ。決まった時間に食事が差し入れられるだけで、他にはなにも起こらない。なのに、朝食も済んだ後だというのに、誰かがこちらに向かって走ってくる。老女が姫様と呼ばれた少女を守るかのように、前へ出る。



鉄の扉についている、食事を差し入れるための小さな窓が開けられた。覗き込んだ茶色の瞳はよく食事を差し入れてくれる看守のものだ。時折看守自身のものだろう、食事と一緒に温かいスープをこっそり分けてくれる、優しい看守だ。


「名無しさん王女。」


はぁはぁと息をつきながら話す看守の茶色の瞳には、怯えのようなものが浮かんでいる。



「アンドラゴラス陛下が崩御なさいました。」


老女が少女を見上げる。少女も老女を見返し、ゆっくりとまた窓を見上げた。


父王が亡くなったことが、果たして自分にどのような影響を与えるのだろうか。少女は想像する術も情報も持たず、ただじっと窓を見上げていた。

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