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□Toxic
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細長い三日月が浮かび上がる真夜中。


頬を掠める冷たい風に目を覚ました。



冷気を感じた方に視線を向けると、閉めておいたはずの小窓が僅かに開いている。
そこから夜風が入り込んでいたようだ。


「…変だな 鍵掛けたはずなのに」


ベッドから起き上がって小窓に近づいた時、目の前で突如独りでに窓の扉が閉まった。
そして同時に背後から嫌な気配を感じる。


振り向くよりも先に、聞き慣れない男の声が真っ暗な部屋に響いた。


「やぁ 今晩は」


突然のことに背筋が凍りついて声も出せない。

警備の厳しい黒の教団に易々と入り込んでくる者などそうそういない。
いるとすればそれはアクマよりも扱いづらく恐ろしい者。

意を決してゆっくり振り返ると、そこには…



「ノア…!!」


暗闇に同化するような漆黒のスーツに身を包んだ男が立っていた。

整った唇は怪しげな三日月形に弧を描く。


―危ない―


頭の中は警告音が鳴り響いているのに体が言うことをきかない。
嘘みたいに動かなかった。

男はその様子を楽しむようにゆっくりと近づいてくる。
そして武器を手にする前に片手で首を捕まれた。
その手に少しだけ力が入れられたのを感じる。


「っ…殺すなら…早く殺れよ」


そんなに強く首を締められているわけでもないのに視界が霞んでいく。
ぼやけて表情も見えないけど、それでも思い切り相手の顔を睨んだ。


「……殺さないよ」


「え?」


捕まれていた首が解放されると同時に、視界がはっきりしてくる。


軽い呼吸困難に陥って咳き込んでる俺を見下ろして、男は笑っていた。
それに少しばかり腹が立つ。


「…何しに来た」


声のトーンを落として挑発するように言う俺とは反対に、そいつはこの場に不釣り合いな笑みを湛えていた。


「そんな目で見るなって。俺はスカウトしに来ただけなんだけど」


「は?」


そこで漸く気付いた。
暗闇に充分慣れた目で相手の顔を捉える。

やっぱりコイツ、前に会ったことがある。

名前は確か




ティキ・ミック





「ノア側に来ないか?」


「…っ!!」


その一言で空気が凍った。
ゾクゾクと嫌な冷気が背中を這い上がってくる。


「なに訳わかんねぇこと言ってんさ!」


自分でもわかるくらい声が震えていて動揺を隠せない。


「そんなに受け入れられないことなのか?」


「当たり前だ!お前は敵なんだよ!!」


「それじゃあお前は教団の仲間なのか?」


「それは…!」


その問いかけに心臓を鷲掴みされたようだった。

自分自身考えないようにしていたこと。
いちばん触れられたくないことだったから何も言えない。



頭の中でいくつもの笑顔が浮かんでは消えていった。

どれだけ"仲間じゃない"と言い聞かせても、結局は依存してしまうのだ。

仲間でいたい、仲間だと言いたい。


だけど




「仲間じゃ…ない」


そう、仲間じゃない。


「でも、お前らの仲間にもなれない」


「知ってる。ただこっちに来てみないかって聞いてるだけ。…ノアの情報、知りたくないか?」


「!!」


その言葉に再び心臓が跳ねる。
だけど今は教団側にいる。
決して関わってはいけない。


「来いよ。知りたいこと何でも教えてやるから」


そう言って意味あり気に目を細めるそいつ。
不思議な黄金の瞳に捕らえられて動けなくなった。
闇の中で光るその金色に吸い込まれそうな錯覚に陥る。

その途端、魔法にでもかかったみたいに俺の中で何かが崩れた。

あんなに頑なに拒んでいた心があっさりと目の前の男を許していた。


こいつの声が、存在が毒の様だ。


俺は目の前に差し出された手を見つめて、何かに取り憑かれたように微笑む。


「いいさ…?別に。あんたの手、取ってやるよ」



重ねられた手は肯定の印。


もう二度と戻れない。




それでも構わないと


思えるほど




俺はアンタに


魅せられたんだよ









end

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