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□藍色交差点
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アイツと出会ったのは


学校へ向かう途中の





交差点だった









いつものように気だるい体を無理やり動かして、駅から学校までのそう長くはない道のりを歩いていた。


本当はサボってやりたい気分だったが受験も近いのでそうも言っていられない。


横断歩道を渡ろうとした時、丁度信号が青から赤に変わった。

間際の悪さに舌打ちをして溜め息をつくと不意に声がかけられた。




『あの…』


『?』


振り向くと途端に目に飛び込んできたのは鮮やかな朱。

その色に目を奪われていると目の前の同じ年頃の少年が話し出した。



『これ、落ちたよ?』


『…え』


それは学生カバンにつけていた"お守り"だった。

見ると確かにくくり付けていたはずのカバンからお守りは消えている。

自分の物に間違いない。




『君のだろ?はい』


ぼうっとしていると少年がそれを差し出す。


『………』


落とした物を受け取りながらも視線は目の前の少年の隻眼に釘付けだった。


翡翠…


こんな瞳の色は初めて見た。


それが何処か神秘的で魅了させられる。




『信号変わったよ』


『…あぁ』


その言葉で我に返った。


少年は『じゃあね』とだけ言って自分とは違う方向に歩いて行ってしまった。

気付くと信号は青い電球を点滅させ、また青から赤に変わろうとしている。

慌てて横断歩道を渡りもう一度振り返ったが、朱い少年の姿はもう何処にも無かった。




あの日から気づけば朱い髪の少年のことばかり考えている。
あの時の短い出来事がドラマのワンシーンのように何度も頭の中で再生される。
たった一度、ほんの少し会っただけの相手にここまで執着してしまう自分に笑える。


「まったく…どうかしてるぜ」



本当にどうかしている。
一瞬会っただけの同性にこんな感情を抱いてしまうなんて。


学校へ向かう時も帰宅する時も無意識に探してしまうあの姿。
朱い髪と翡翠色の隻眼をもう一度見たいと願う自分がいる。


手がかりは制服だ。
自分とは違うことから他校の生徒だとわかる。
けれどこの辺りでは見馴れないものだったし何より記憶が曖昧だ。

それに見つけだしたところで一体どうすると言うのか。
自分で自分に呆れてくる。





2、3日前、年下の女子生徒から告白された。
性格故にあまり人が近寄ろうとしなかった自分にとって初めての事だ。
けれど何も考えずに断った。
きっと相当勇気を出したんだろうな、と他人事のように考えてあっさりとフってしまった。


『悪りぃ。他に好きな奴がいるんだ』



好きな奴って誰だよ



心の中でそう言って自嘲気味に笑った。


『…わかりました』


顔を真っ赤にして去っていく女子生徒。
きっと世間一般からすると可愛いという部類に入るのかもしれないが、俺にとってそんなことはどうでも良かった。




ただアイツだけを思ってアイツだけを求めてる。


一度しか会ったことがないし、また会えるかもわからない。
名前も知らない。

何も…知らない。

もう自分のことなんて覚えていないかもしれない。


そこでふと思う。


アイツには既に恋人がいるのではないかと…。

もしもう一度会うことができてこの思いを伝えたとしても、同性から告白なんて気持ち悪がられるに決まっている。

そう考えるとどう仕様もない気持ちに支配されて胸が痛い。


けれど、存在するかしないかわからない神は俺にチャンスを与えてくれた。





帰宅途中。
いつものように人ごみの中を歩いている時のことだった。
目の端に鮮やかな朱が映って目を向けると…



「っ…!」


そこにはずっと探していたアイツの後ろ姿。




俺、お前を探してたんだ

ずっと会いたかったんだ

話したいことがあるんだ

もう一度その隻眼に俺を


映してくれ…





俺は走り出していた。
人ごみを押し退けて、見失ってしまいそうな後ろ姿を必死に追いかけた。




「待ってくれっ!」


咄嗟に少年の手を掴んでひき止めていた。

驚いたように振り向いて、ゆっくりと瞬きする翡翠色の隻眼。


やっと会えた

やっと掴まえた


でも 俺は…




「あ。君、この前の…」


覚えててくれたのか?
俺のこと…


「また会えたね!オレ嬉しい」


そう言って朱髪の少年はふわりと微笑んだ。
自分だけに向けられる綺麗な笑顔が優しい夕日色に染まっている。


それを見て思った。
この少年に対する自分の思いを止めるなんて、もうできないと…





小さな街での小さな奇跡。


それが全ての始まりだった。







end

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