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□年齢
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あらわしが陣内家の庭に激突し、温泉を掘り当てた後、おばあちゃんの誕生会という名の宴会は、延々と続いていた。


『理一〜。独りでカッコつけて呑んでないで、こっち来てつきあいなさいよ〜』

『そうよそうよ。年上のお姉さん方に、お酌のひとつでもしなさいよ〜』


そう言いながら絡んできたのは、瓶ビールの空を3本程机の上に転がしている、直美と梨果の独身シスターズ二人だった。

『そんなに空けといてよく言うよ。酔っぱらいの相手をするつもりはないから、独身同士仲良くやっててよ。』

そう言って立ち上がると直美と梨果の罵声を背中に宴会の輪から離れようと陣内家の長い廊下を進んでいった。

なんであんな元気なんだろーなぁあの二人は。そんな風に微笑ましく思いながらタバコの煙をふかしていた。


『あいつも良かったなぁ。元気そうで。』



あの時、侘助がこの家に帰ってきた時、厳しい顔をして侘助を責め立てるみんなを余所に、安堵と歓喜にも似た気持ちでいたのは、

夏希と、自分くらいだっただろう。


十年。十年も経った。子供だと高学年になっている頃だろうか。人が育つには、充分すぎる年数だ。

人の想いが風化するのにも。


なのに、誰かと会話をしてる時も、仕事をしてる時も、家でひとりでいる時も、こうやってみんなで集まってる時も、何時だって頭にあった。自分のことのように心配してた。アメリカでの事故が報道されるとすぐさまパソコンで詳細を調べた。

四十も過ぎた男が、こうしてなにかに振り回されてる光景はさぞかし滑稽だっただろうなぁ。

何本目になるか分からないタバコを灰皿に積みながら自嘲気味にそんな事を考えていた。

『はぁ…。想うぐらいなら、自由だよな。』



『理一〜!あんたこんな所にいたの〜?』

『そっちこそどうしたんだよ。姉さんと呑んでたんじゃないの?』

けたたましい声をあげて来たのは、梨果と一緒に理一に絡み酒をしていた、直美だった。

『あぁ〜。梨果ならつぶれて寝てるわよ。つまんないからまたあんたにちょっかいかけに来たのよ。』

『何だよそれ』

お互い笑いながらたわいもない言葉をかわし続けていた。

そんな理一の口を止めさせたのは、直美の一言だった。

『ところでさぁ、さっきのあれって。誰のこと?』

『………え?さっきのあれって何の事言ってるのかな。』

『だーかーらー。』

『想うぐらいなら、自由だよな。

って奴。』

『…………………。聞いてたのかよ。』

『ねぇ。誰の事なのよ〜。教えなさいよ〜。コラ理一〜。』

『言わないよ。絶対。』

『言いなさいよ〜。言わないとひどいわよ〜。』

『何するつもりだよ。』

『梨果にあんたが侘助の事好きだって言っちゃうわよ〜。』
直美は、変な冗談やめろよ、と軽く流されると思って言ったつもりだった。


『え?は?…………え?』

理一のこんな反応を見たのは子供の頃以来じゃなかったろうか。


『理一、あんた、好きなの?』

『俺が、誰をだよ。』

『今更遅いわよ。あんた、侘助の事、好きなんでしょ?』
『そんなはっきり言わないでくれよ』

『で?あんたのその片想いっていつからなのよ。』

『あいつが資産持ち逃げする1ヶ月前くらいだったかな』

『てことはあんた、十年と1ヶ月もあいつに片思いしてるわけ!』

驚きをというよりは笑いをこらえるように、口を押さえてうずくまる直美。

『相変わらずズカズカ言うね。』

『ちょっとした冗談じゃない。』


『あんた、それ、言うつもりなの?あいつに』

『それは無いよ。この年までズルズル引きずってきた奴の言う台詞じゃないけど、風化させなきゃいけないんだよ。言えば、俺はよくてもあいつは、色々考えなきゃいけなくなるから。こんなことで、悩ませたくないんだよ。』

『引きずってきたってあんたさ、十年も人を想い続けるなんてそう出来ることじゃないよ。そうやってずっと、消えるまで、風化するまで、待ち続けるの?戻ってきたんだから、当然ここでも会うでしょ。そんな時に平気でいられる?』

この場合沈黙はもはや答えになっているようなものだった。


『 ゴメン。質問が悪かったわ。

アタシはさ、多分そこまで人を好きになったことがないんだと思う。だからこんな風に無責任な言葉を言えちゃうのよ。でもさ?片想いのまま何も言わないのって辛くない?気持ちなんて人に伝えてこそでしょ。 』

普段直美の口からは出そうにもない自虐的な言葉と、自分を思っていってくれた言葉に、驚きからなのか何なのか自分でも分からないうちに、泪が、頬を伝っていた。

『 何か、似合わないセリフだなぁ。』

そう言って無理やり笑おうとした。
そうでもしなければ、年甲斐もなく
泣き喚いてしまいそうだったから。


『いいんだよ。泣けば。そんだけあいつのこと好きなんでしょ? 』


その質問に、反射神経の様に頷いてしまった自分に一種の恥ずかしさと呆れがこみ上げた。


『 こうもなってくると、自分でもどうかと思ったりするけど、進めてみることにするよ。あいつはもう遠くにはいないから。』

あいつを待ち続けてきた途方もない日々は、紆余曲折はあったものの終わりを告げたのだから。

『 へー。以外に前向きなのねぇ。』

からかう様な励ます様なそんな言葉をかけた直美の表情は、どちらにしろ嬉しそうな顔していた。

『で?進むって言ったからには当然行くんでしょう? 』

『 足は向けるつもりだよ。話でもしに。』

まぁその気になったんならいいんじゃないの、早く行きなさいよ。
言うやいなや、仕切り直しとでも言わんばかりにどこから出したか分から
ない缶ビールを飲み始めた。

まるで今までの長い話など無かったかのように。平然とした顔で。


年を気にし、鉛のように重かった気持ちは心做しか、軽くなったように思えた。

『 でもなぁ。あぁは言ったけどなぁ』

いや。やめよう。

後ろ向きな考えを打ち消し、

まずは、このだだっぴろい家の中をあちこち回ることから始める事にした。

あいつと会話をする為に。
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