小説

□好きだった 生×譜
1ページ/1ページ





『………会いたいよぉ…グスッ…』



日が沈みかけた頃に幼馴染みからの突然の電話。


何かと思って出てみればしゃくりあげながら泣いている聖の声。



「すぐ行く」



そう言って家を飛び出した。




聖が泣いている理由なんて大体検討がついとる。



どうせ、あいつが原因なんだ。




締め付けられるような胸の痛みを誤魔化すように自転車をがむしゃらに漕いで聖の家に向かった。




聖の家までは歩きで10分程。


そう遠くない距離。




夏の終わりの生温い風を引き裂きながらただ必死に自転車を漕いだ。




泣いている聖が心配で心配で仕方がない。



きっと今も泣きじゃくっているだろう。





自転車を走らせること5分、ようやく見えてきた聖の家。



その前には小さな人影があった。




「……聖!」



自転車を止めて駆け寄る。




「……えりぽん…グスッ」


「どうしたと?」


「どぅーがね……グスッ…また、浮気…グスッ」




やっぱり。




どぅーとは聖の恋人の工藤遥の事。



どぅーはとにかくチャラくて女泣かせの常習犯。




だから止めとけって言ったやろ…



泣き続ける聖の頭をそっと撫でる。





こうしてやることしかえりにはできん。



幼馴染みと言う半端な距離で止まったままの関係。



あんな奴と別れてえりと付き合えばいいのに。


えりならこんな風に泣かせたりせんのに。



何度こんな風に思ったか分からない。





幼馴染みと言う関係を壊すのが怖くて自分の気持ちを曖昧に誤魔化した結果がこれ。



自業自得。





だからえりは精一杯いい幼馴染みを演じた。



どぅーの所為で泣いている聖を抱き締めたくてもそれは許されん。


えりはただの”幼馴染み”だから。





「落ち着いた?」


しばらく頭を撫でてやると嗚咽も止んだ。




「…ごめんね」



申し訳なさそうに謝る聖に胸がズキズキと痛む。



そんな顔せんでよ…



「気にせんでよかよ」



そう言ってクシャッと頭を撫でれば、涙の跡がついた顔を上げてニッコリと笑う聖。




「やっぱりえりぽんと居ると一番落ち着く」




それはどういう意味?

どぅーと居るよりも落ち着く?




聖の何気ない一言にもいちいち反応してしまう。



こんな言葉を無意識に発する聖は可愛いけれど、凄く残酷だ。





「久しぶりに散歩でもする?」



えりの言葉がきっかけに歩き出す2人。




足は自然に小さい時によく遊んだ公園まで進んでいた。



日もすっかり落ちてシンと静まり返っている公園は足音が煩いくらいに響く。




ベンチに座ると昔の思い出が蘇ってきた。



あのブランコ良く取り合いしたなぁ。


ジャングルジムから落ちた事もあったっけ。




「なんか懐かしいね」


「そうやね」




それからしばらく他愛もない会話を楽しんだ。



2人の空間が心地よくて、改めて好きなんだと実感する。




「あのね、聖えりぽんの事好きだったんだよ」


「え?」



聞き間違いじゃなかよね?


今、好きって…




「幼稚園の頃からずっと好きだったんだよ。でも全然振り向いてくれないんだもん。だから諦めちゃった」




あははと笑う聖。




聖の信じられない言葉に全身が固まる。



聖がえりを…?


これは夢…?





「…えりぽん?」






「もしえりが今聖を好きって言ったら?」




気づいたらそう言ってしまっていた。





聖は少し困った顔をした後、こっちを向いて微笑んだ。











「今はちゃんとどぅーが好きだよ」


そう言った聖の目には迷いは無くて。


終わったんだ、そう思った。


「…そっか」



思わず震えそうになる声を振り絞る。




もう叶わないこの想い。

今日この日を境に胸にしまおう。



これからも貴方の幼馴染みで居るために。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ