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□愛をうたう
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クーラーはない。あるのは扇風機が一台。窓は全開。時刻はまだ午前中で日も高くない。すこし暑いが、宿題はできると考えていた。
ところが、目の前に座る幼なじみは、「暑ぃ、うるせぇ」を連発していた。「かっちゃんの個性は爆発なんだから、ちょっとくらい暑いの大丈夫でしょ?」と言えば、「個性で熱いのとジメジメ暑いは違うんだよ」と返ってきた。なるほど、確かにと納得してしまう。

「つーか、暑いよりうるせぇ!」

かっちゃんが言ううるさいとはセミのことだ。こんな住宅街のどこに居場所を見つけたのか、毎日、大合唱が続いている。

「窓、閉めろよ」
「閉めたら、もっと暑いよ?」
「はぁーー」

これでもかというほど盛大なため息を吐いた。そして肺いっぱいに空気を吸い込むと、窓の外に向かって叫んだ。

「盛ってんじゃねぇよ、クソセミが!」

朝からこの言い方はどうなんだろう?今度は僕がため息を吐く番だった。

「かっちゃん、その言い方はない」
「ミンミンミンミンうるせぇだろうが!盛りやがって!」
「だから、それはない」

バッサリ言い切ると、かっちゃんは窓の外のセミ(と言っても姿は見えないのだが)を睨みつけた。
ここは僕の部屋だ。近所の誰が聞いてるかわらかない。というか、お母さんに聞こえたんじゃないだろうか。

「だいたいセミだって大変なんだよ?」
「あ?」
「ずっと土の中で、やっと出てきたんだから。短い命で精一杯鳴いてさ?ほら、あの鳴き声も恋人を探して鳴いてるんだと思えば」
「思えば?」
「気にならない!」

かっちゃんは疑わしげに僕を見たあと、手元の問題集を睨みつけた。
ちょっと暑いけど、扇風機が冷たい風を送ってくれるし、窓からも風が入る。ミンミンミンミンも愛のうただと思えば気にならない。
やっと勉強が進むと思ったのもつかの間。

「だああぁぁあ!!」

かっちゃんが奇声を上げた。

「うるっさいんだよ!」

両手でワシャワシャと髪を掻き乱している。問題集を開いて、がんばろうとしたのはわかる。でもダメだったか。

「リビング行く?クーラー入るよ?」

クーラーを入れれば窓も閉めるから、暑いのもうるさいのも解決だ。ところがかっちゃんは断った。

「じゃあ、図書館行く?」
「静かだろーが」

セミがうるさいって言ったり、図書館は静かだって言ったり。

「どうするの?」
「俺の部屋行く」
「クーラーないじゃん」
「ここよりは静かだからいいんだよ!」

かっちゃん家も近いんだから、きっとセミの大合唱だ。クーラーがないから、扇風機に窓全開だ。ここと同じだと思いながら、いつものリュックに問題集を詰め込む。

「やっぱり図書館行こうよ?」
「はあ?喋れねぇじゃねぇか」
「ちいさい声で話せばいいんじゃないかな」
「ふたりで勉強するんじゃねぇのかよ」
「あー…」
「なんだよ!」

確かにいっしょに勉強しようと言ったが。

「ふたりっきりがいいんだね」
「いいから行くぞ!」

若干キレ気味のかっちゃんを尻目に、扇風機を消して、窓を閉めて。
「トロいんだよ、クソナードが!」と言いながら待ってくれているかっちゃんに、「ありがとう」を言う。この言葉が、「待っててやるから早くしろ」なんだから本当わかりにくい。
窓を閉めても聞こえてくるセミの声は、きっとまっすぐ相手に届くのだろう。
恋しいとうたうセミみたいに、かっちゃんももうちょっとだけ、わかりやすかったらいいのに。


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