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□ほほえむ理由
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空を見上げた。
青い空に白い雲が浮かんでいる。
よく晴れた気持ちのいい日だった。
母に会ってきた。
想像していたよりも、ずっと穏やかに話ができた。
これで一歩……すこしだけ前に進める気がしている。
これも緑谷のおかげかもしれない。
もう一度、空を見上げた。
眩しいくらいに、きれいな空だった。
なんだか、緑谷に会いたくなった。
そんなことを考えながら歩いていると、目の前に彼の姿を見つけた。
幻だと思った。会いたいと考えていたから、幻覚を見たのだと。
でも幻の彼は、俺の姿を見ると遠慮がちに頭を下げた。俺はどうすることもできず、そのまま彼に近づいた。
「やっぱり轟くんだった」
彼は笑顔だった。
「こんなところで、どうしたの?」
緑谷になら母のことを話してもいいだろうか?一瞬そんな考えが浮かんだが、すぐに頭を振った。
「ちょっとな…」
「そう」
ありがたいことに、緑谷はそれ以上聞いてはこなかった。
俺は話を変えようと「緑谷こそ、何してるんだ?」と聞いた。
緑谷はきのうの怪我のせいで、左手は包帯、右手も吊られたままだ。
「僕?僕はね、家にいたら、母さんにきのうの録画見せられそうになるから出てきた。あとで見るからって言ってんのに……」
そこで緑谷の言葉が止まった。
どうしたのか聞こうとしたら、緑谷が俺の顔をジーと見ていた。
「轟くん、今、笑った?」
話を聞いていて笑ったのだろうか?全く自覚がない。
「いつも冷静っていうか…だから僕、轟くんの笑顔、初めて見た」
そう言って嬉しそうに笑う緑谷。俺が笑ったのが、そんなに嬉しいのだろうか。
でももし、笑っていたんだとしたら、それは、
「緑谷のおかげだ」
緑谷は「僕?」と戸惑っている。その様子が、なんだかほほえましかった。
オロオロとしていた緑谷が、俺の顔を見て、もう一度笑顔になった。
「やっぱり、いいことでもあった?」
俺は素直に頷いた。
母に会おうと思えたこと。
幼い頃のヒーローになりたいという気持ちを思い出させてくれたこと。
そしてなにより、俺を救おうとしてくれたこと。
そのすべてが、緑谷に会えたから起こったこと。
「緑谷、ありがとう」
俺がなぜ、お礼を言ったのか、緑谷はわかっていないだろう。
でも俺に笑顔を向けてくれていたから、俺はきっと笑っていたのだろう。
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