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□ちいさい傘の下
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図書室での勉強を終え帰ろうと、窓の外を見た。先ほどまで強い日差しが差していたのだが、今はどんよりとした暗い雲が空を覆っていた。
今にも降りだしそうだと早足に階段を駆け下り昇降口に向かう。
靴を履き替えたところで、ザーという激しい音が聞こえてきた。
俺は、ため息をひとつ吐いた。
雨の中を駆け出す生徒、校舎の中に戻る生徒、傘をさし帰る生徒。
いろいろな生徒がいる中で、俺は雨の中を帰るを選択した。もちろん傘なんて持ってきていない。濡れても別にかまわないと思ったのだ。
ところが校舎の外に出ようと歩き出したとき、聞き慣れた声に呼び止められた。
振り返ると緑谷が、下駄箱の前に立っていた。「いきなり降ってきたね」と靴を履き替えようとしている。その手には、折りたたみ傘を持っていた。

「轟くん、傘は?」
「ない」
「今、帰ろうとしてなかった?」
「濡れてもいいかなと」
「ダメだよ。風邪ひくよ」

緑谷は自分の折りたたみ傘を見つめたあと、「ちいさいけど、いっしょに入る?」と聞いてきた。俺は頷いた。
緑谷が靴を履き替えるのを待っていると、廊下の向こうからオールマイトが駆けてきた。緑谷の姿を認めると「緑谷少年」と呼びかけた。

「いきなり降ってきたからね。傘はあるかい?」

先ほどの緑谷のセリフと同じことを言いながら、手に持ったビニール傘を持ち上げた。

「ありがとうございます。でも僕、折りたたみ傘を持っていて」
「そうか。それはよかった」

緑谷に傘があるとわかると、オールマイトの視線は俺に向いた。

「轟少年は持っているかい?」

俺は、緑谷を見た。
オールマイトにはわからないように、「入れてくれるか?」と聞くと、緑谷は「もちろん」と返事をくれた。
オールマイトに「俺もいりません」と答えると、俺も傘を持っていると思ったらしく「それじゃ風邪をひかないよう、気をつけて帰りなさい」と言い残し、廊下の奥へと消えていった。
結局、俺は緑谷の傘にいっしょに入り、学校を出た。

「そういえば、オールマイトはなんで緑谷が学校に残ってるってわかったんだ?」
「さっきまでオールマイトと話してたから」
「ずいぶんと親しいよな。風邪をひくとか同じようなこと言うし」

緑谷を見ると、ぎこちない笑顔を見せる。

「だからって、隠し子じゃないよ」
「わかってる」

親子とか隠し子とか、もう疑っていない。
この話をすると、緑谷がおもしろい反応をするので、それを見たくて話をふるだけだ。

「そ…そうだ。轟くんは何してたの?」
「図書室で勉強」
「勉強か…」
「緑谷は用があるって言ってたから、先に帰ったと思ってた」

どうやら、その“用”というのはオールマイトとだったようだが。

「今度、勉強いっしょにやる?」
「やる」

ひとつ約束ができた。

「やっぱりオールマイトに傘、借りればよかったかな」
「なんでだ?」
「だって轟くん、半分濡れてるよ?」
「緑谷もな」

傘はちいさい。
お互い、肩が濡れている。

「緑谷が風邪ひいたら、看病してやるから」
「じゃあ僕も、轟くんが風邪ひいたら、お見舞い行くね」
「来るだけ?」
「看病もするよ」
「風邪ひこうかな」

足元はビチャビチャだし、左肩も冷たい。
それでも、緑谷とふたりなら、ちいさい傘の下は楽しい。


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