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□名前の不思議
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「かっちゃん」
「うっせーデク」
いつもの風景。見慣れたやりとり。
でも俺は、それを見るのが嫌いだった。
様々な学校からの受験者がいる中で、唯一、同じ中学校のふたり。
昔からの知り合いだからか、爆豪の口調が悪くても、緑谷は気にしていない。
それに俺には、爆豪のあの言い方の中にも、緑谷に対する愛情が入っているように感じられた。俺自身、緑谷に対して好意を寄せているために気づくものなのかもしれない。
そのため、彼らのやりとりを見ていると、すごく嫌な気分になるのだ。
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「轟くん」
緑谷との帰り道、彼は俺の顔を見つめ聞いてきた。
緑谷とつきあうようになったのは最近だ。
つきあってからは、いっしょに帰るようになった。すこし遠回りをして帰ったり、寄り道をしたり。
今は公園のベンチに座っていた。
「轟くん、僕に言いたいこと、ない?」
そう言って見つめる緑谷の瞳は、なんだか不安そうだった。
「ないけど」
その答えが気に入らなかったのか、不安そうな瞳を向けたままだ。
「本当に?」
「どうして、そう思うんだ?」
「え?えっと…」
言いにくいのか、チラチラと俺の顔を見ながら、何度も「えっと」を繰り返した。
「轟くん、後悔してるんじゃないかと思って」
それから緑谷は黙り込んでしまった。
俺には何のことだか、さっぱりわからない。
「後悔って、何を?」
「僕とつきあったこと……」
考えてもいなかった答えに驚く。あまりのことに、すぐに言葉が出てこなかった。
それを肯定と思ったのか、俯いたまま話し続けた。
「今日も轟くん、怒ったように僕のこと見てたし……僕とつきあったこと後悔してるんじゃないかと思って」
俯いたまま、膝の上に作った握りこぶしを見つめて話す。正直、緑谷がそんなことを考えていたなんて知らなかった。
俺は、緑谷の手に、そっと自分の手を重ねた。緑谷が俺を見る。
「俺が後悔するなんて、そんなことはない」
そもそも、俺が惚れて、俺から告白したのだ。後悔するなんて、あるものか。
「でも…」
「ない」
俺が強く言い切ると、緑谷は安心したように頷いた。
「じゃあ、怒っているように見えたのも、僕の勘違い?」
「……」
それには心当たりがあった。
「轟くん?」
「怒ってたわけじゃない。ただ…」
「ただ?」
「お前と爆豪の会話を見ているのが、嫌だなと」
そう言うと、緑谷は「僕とかっちゃん?」と首を傾げた。
「そうやって緑谷が、かっちゃんって呼ぶのとか、爆豪にデクって呼ばれてるのを聞くと、なんだか、」
ふたりが幼なじみだということは知っている。だからこその特別な呼び方だとわかっている。
そう、これは、
「単なる嫉妬だ」
格好悪い。
俺は自嘲気味に笑った。
「嫉妬?」
「ああ、お前たちにな。お前たちの関係が羨ましいよ」
「関係って、変なの」
おかしかったのか、緑谷は声を出して笑った。
「かっちゃんは幼なじみだよ」
「わかってる」
「僕が好きなのは、その…轟くんだけだから」
恥ずかしそうに言う緑谷に、俺もなんだか恥ずかしくなった。
すると突然、緑谷が「そうだ」と手を叩いた。
「轟くんも僕のこと、デクって呼んでいいよ?」
「それはちょっと」
「なんで?麗日さんも呼んでるよ?」
そもそも爆豪が付けた呼び名を呼ぶつもりなんてない。
「どうせなら、出久かな」
「へ?」
緑谷はどこから出したのか変な声を上げた。
「誰も呼んでないだろ?出久って」
「そう、だけど」
「ダメか出久?」
俺が“出久”と呼ぶ度に、緑谷の顔は真っ赤に染まっていく。
「出久」
「…轟くん」
「そこは、焦凍だろ?」
「焦凍くん?」
「!」
緑谷が真っ赤になる理由がわかった。
どうやら名前を呼ばれると、嬉しさと恥ずかしさがごちゃ混ぜになって襲ってくるらしい。
俺は真っ赤な緑谷を見ながら考えた。学校で名前を呼ぶ度に赤面されても困る。
「どうしたの?」
「やっぱり、緑谷にする」
緑谷は「よかった」と安心したようだった。安心するのも、どうかと思うけど。
「でも、ふたりきりのときは知らないから」
出久と呼ぶと、緑谷への愛おしさが積もっていくようだった。想いが溢れてしまいそうだ。
俺はもう一度、愛おしい名前を呼んだ。
「出久」
緑谷は照れながらも、優しく微笑んでくれた。
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