うたぷり

□運命の春
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「紅―!こっちこっち!」

遠くからでもはっきり聞こえるほどの大声が、背後から紅の名を呼んだ。紅が振り返ると、大声の主は大きく手を振って紅の方へ駆け寄ってきた。小柄な体に少しばかりの派手な容姿の彼を見ると、紅は嬉しそうに表情を綻ばせて手を振り返した。

「翔、久しぶり」
「ホントだよなぁ!ちょうど4年か……お前最後に会った時と全然違うからびっくりしたぜ!」
「そう?俺は何も変わってないと思ったけど……翔は昔と全然変わってないよね」

主に身長とか……。
そう心の中で呟いたが、口に出すとこの友人は途端に機嫌を損ねることを知っていた紅は敢えてにこやかに微笑んだだけで済ませた。翔は「そうか?」と疑問気に首を傾げたが、次の瞬間には何か思い出したように表情を強張らせ、紅の首に自分の腕を回して思い切り力を込める。

「そういえば紅!お前いっぺんシメてやろうと思ってたんだこの野郎!」
「ぐぇっ!?ちょ、どうして!?」

何が起きたかわからない紅は翔に絞められた腕をタシタシと叩いてギブアップを伝える。翔に恨まれることを何かしただろうか、心当たりがない。そんな紅の様子にますます腹を立てる翔の腕にさらに力が入る。

「てめぇ……入試の日だよ、入試の日!あの返信の後しばらく音信不通だったから、もしかしたら死んでるのかと思ったんだからな!」
「死んでるってそんな大袈裟な……忘れてたんだってば、ごめんって!」

そうか、それで怒っていたんだ。
合点がいった紅は苦笑いして、翔には両手を合わせて詫びた。合格通知をもらってからしばらく経って、そういえば携帯電話の電源を落としたままであることに気づき、翔から大量の生存確認メールと着信が入っていることがわかり、あの時は「しまった」と思っていたが今の今まですっかり忘れていた。
翔はまたジト目で紅を睨んだが、すぐに絡めている腕を解いて深い溜息を吐いた。

「まあとりあえず、お互いに無事合格できてよかったな。これから一緒に校内回ろうぜお前もSクラスだろ?」
「エホエホッ……、違うよ、」

絞めつけられていた首に手をやって咳込みながらきょとんとして否定する紅を見て、翔は思わず「へ?」と素っ頓狂な声を出した。

「違う?ってどういうことだよ?」
「俺、Aクラスだよ。翔はSクラスだったのか、すごいなぁ」
「ちょ、ちょっと待てよ!どういうことだよ!?俺がSならお前だってSじゃなきゃおかしいだろ!?」

決してお世辞で言っているにではなく、翔は本当に困惑していた。紅は、耳に障害を抱えるようになった後も体に染みついた絶対音感を頼りに数々のコンクールで入賞するほどの才能の持ち主だった。それを知っている翔には紅がAクラスであることはどうしても信じられなかった。
しかし一方の香は不思議そうに首を傾げた。

「別におかしくはないと思うけど……あ、でも耳の事とかあるし、学園長先生がそれなりに考慮してくれてるって言われたけど」

最初からSクラスに入れるにはリスクが高すぎると判断されたのだろうか。実際、全寮制で相室のはずの部屋だが、紅は特別に一人部屋となっている。紅自身は相部屋でもまったく問題なかったのだが、相手に迷惑をかけてしまうのも気が引けたので一人部屋の申し出を快く受け入れた。
あっけらかんとした様子の紅に、翔はただ呆然とするばかりで、ふと我に返ると盛大にため息を吐き出した。

「そうか……残念だぜ、香とパートナーになろうと思ってたのに」
「俺もだよ。お互いに頑張ろうな」

優しくそう微笑みかけると、翔は苦笑して「おう」と短く答えた。そして次の瞬間には険し顔になって紅の肩を力いっぱい掴んだ。

「いいか紅。誰かにいじめられたらすぐに言うんだぞ」
「小学生じゃあるまいし……」
「それから!那月には気を付けろよ!」
「那月???気を付ける???」

翔が言っていることがいまいち理解できない。危険人物なのだろうか?不良かヤンキーか……。
そのままその場で翔と別れ、紅はAクラスの教室に向かった。
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