うたぷり

□淡い希望
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足取りも重く、家路についた。口から漏れるのは落胆のため息ばかりで、頭の中では先ほどの試験のことがぐるぐると渦巻いている。

ああ……ダメだ……絶対にダメだ……

時は2月、受験シーズンだ。鳴宮紅は今年中学を卒業する予定の15歳で、ほんの数時間前まで入学試験と戦っていたのだが、出来自体ははあまり自信がなかった。それも受験したのは、毎年倍率200超えの芸能専門学校、早乙女学園だから尚更。この学校の存在を知ってから、ただひたすらに音楽と向き合ってきた。アイドルの育成に力を入れていると聞いているが、それと同じく作曲家の育成にも携わっているからだ。ここへ通えば、一度は諦めた音楽家への道が、再び開かれる、そんな気がしていた。両親や中学の担任は、「絶対に大丈夫だ」と背中を押してくれた。しかし、そんなのは甘い考えだったのかもしれない。
実技試験はまずまずだったと思う。自作の曲を提出し、課題曲を演奏する。それ自体は得意分野だったから心配はいらないのだが、問題なのはその後の面接試験だった。

「面接の前に、すみません。お伝えしたいことがあります」
紅がそう言うと、目の前でずっしりと構える人気アイドル、日向龍也はピクリと眉を動かした。

「何だ。言ってみろ」
「書類には書いて提出させていただいたのですが、私は耳に高度難聴の障害を持っています。補聴器で補えているのですが、少し大きな声で試験をしていただけないでしょうか?」
「高度難聴……」

そう呟いたのは、同じく人気アイドルの月宮林檎だ。面接官の2人は驚いたように、複雑そうな表情で顔を見合わせた。
その表情から、自分はもうダメなのだと確信した。もともと自分自身は自信がなかったのだ。どんなに音楽のセンスがあっても、歌ってもらう相手の声が聞こえていないのなら、意味がない。

そこから面接にどう答えたのか覚えていない。我に返った時には自宅への新幹線の中で、途端に青ざめ、自分に絶望していた。
紅はまた知らぬうちにため息を漏らしていた。情けなかった。やはりこんな身体で作曲家志望などとは甘っちょろい考えだったのだ。親や担任の言うことなんか鵜呑みにするんじゃなかった。
その時、紅のポケットの中の携帯電話がヴヴヴッて震えた。親からだろうか。そう考えると途端に胸が苦しくなる。折角応援してくれたのに、結果を出せなくて情けない、悔しい。返事を躊躇ったが、怖ず怖ずと画面を覗き見る。しかし、予想は外れていた。

『来栖 翔』

ディスプレイに映し出されたのは、幼い頃からの親友の名だった。彼の名を認識して、慌てて内容を確認する。そういえば、翔もこの学校を受験したと聞いている。入試には人が多かった上に、翔はアイドル志望だったため会場で会うことはなかった。
メールの題名は『必勝!』で始まっていた。

『入試終わったぜ!
 かなり手応えあった!楽勝!
 そっちはどうだった?
 まあ、紅なら心配いらないだろうけどな!』

そうか、翔は大丈夫だったみたいだ。

安心の息がほぅっと吐き出されると、同時に自分はどう返信したものかと考える。翔にはたくさんのことで救われてきた。病気自体は同じではなかったが、同じ年の入院患者として、そして同じ音楽家として。翔にはありのままを伝えたいと思った。
悩んだ末に、紅はゆっくりと文字を打ち出し、簡潔な文で送信して目を閉じた。

『そっか
 翔には才能があるよ。
 絶対大丈夫だね。
 俺は無理かも、ごめん』

他の進路も考えねばならない。今からでも間に合うところで。そんなことを考えながら、携帯電話の電源を切った。合否の発表は5日後、郵送で届く。見たくもないが、やはり未練はあった。自信はなかったが、淡い期待をしてしまう。胸を締め付けられるような緊張に、また深くため息を吐き出した。


     
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