ナルト

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「さ、寒い〜」



冬一番が来た夕方。

びゅうと吹いた風に、すくめた首と袖に隠した手。暖簾を掛けるのに、それらを伸ばすのはとても億劫だった。

今朝帰ってきたばかりだし、ゆっくり休んじゃおうかなあ…



「あ、ヤマトさん!」


ふと横を見ると、少し離れたところを、角を曲がって行く横顔が見えた。薄暗い中に、ヘッドギアが淡く光る。



「ヤマトさーん」



もう一度、大手を振って彼を呼び止める。
気が付かなかったのかな。ヤマトさん、見えなくなっちゃった。

大きく上げた右手に思わず呆れて笑ってしまう。
腕が寒くて暖簾をかけたくないくらいだったのにね。




「ゆきさん…!」



店の方へ向き直した時、後ろから呼びかけられた。



「っ、おかえりなさい。元気してたかい?」

「はい…!」



はっ、はっ、と吐く白い息。忙しく上下する胸。駆けつけてくれたの。

ヤマトさんの姿に色んな気持ちが込み上げる。

持っていた暖簾の竿を放り投げて、もっと近くに、

…なんてドラマチックなことは出来ず、竿を両手で握りしめた。

どうしたのかな、ヤマトさんの表情が少し硬い。



「元気に忙しくしてました。ヤマトさんもお元気そうでよかった」

「帰ったのは?」

「今日の朝に」

「そうか、いち早く会えてよかったよ。さっそく店を開けるのかい?」

「ええ、でも…冷たい風に暖簾を掛けるのを邪魔されちゃうんです。今日は休んでしまおうかと」

「木曜日だからかな」

「あ…」



ああ、うっかりしてた。今日は定休日でよかったのね。それじゃあ、これから、



「…それじゃあ、僕は行くよ」

「え、」

「休店の間、皆が心配していたよ。ナルトたちもゆきさんのご飯を恋しがっていたし、僕が君のこと独り占めするわけにはいかないからさ」



帰ってきたことは伝えておくよ、と、ヤマトさんは屋根を飛び越えて行ってしまった。

2人でゆっくり食事をしよう、その言葉を飲み込む。胸がきゅうと、寂しいと鳴いた。



「ヤマトさん”も”恋しがってくれたってことでいいのかな」



暖簾をようやく掛ける。
食材を無駄にはできないものね。

献立を書いて、立て看板を表に出す。

本当は、こう書きたかった。



本日ひとりじめ 店主



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