ナルト

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「ああ…いい匂い」



秋刀魚の脂がジュッと音を立てる。皮目はふつふつと沸き、美味しそうな焦げ。だけど喜べない。



「お刺身用、焼いちゃったなあ…」



秋刀魚の刺身なんて、そうそうできない、とてもいいものだった。だから惜しくてたまらない。

夜メニュー書き直さなきゃ。
焼き浸しにして、柚子を添えようか。



「よし、残りの秋刀魚を捌いてー…っ!」



騒ついた心で包丁を持てば、指をざっくり切ってしまった。慌てて水道へ行けば、よろめいてぶつかった食器棚から、小鉢が落ちた。

パリン、と虚しく音が鳴る。



「ああ、痛い…」



流水は切り口にしみた。

土間で散らばった器を眺める。
応急処置の絆創膏は強く巻きすぎたみたい。指先がじんじんと痺れてきちゃった。

はやく片付けて、仕込みをしなくちゃ。

脳内に言葉だけははめぐる。



「それもこれも、ゲンマのせいだよ」



目に浮かぶのは、目前のゲンマの顔と、驚いたナルトくんたちの顔。それと、ぼんやりとヤマトさんの後ろ姿も。



「チュン」

「そうなの、おっぽ、聞いてくれる?突然のカミングアウトにやり逃げだよ、酷い...ってあれいつの間にきてくれたの」

「チュ、チュッ」

「ふふ、まあいっか。ありがとう、カタバミもってきてくれたのね…」

「チュン」

「おっぽ、一段とまるくなったね」



ふかふかの小鳥はうっすらと目を細めた。冬にはいっそうまんまるの真っ白になる。



「それにしても…丸くなりすぎだよ。今年の冬は寒いの?」



おっぽは羽毛を嘴で啄むと、中からじゃばら状のちいさな紙きれが出てきた。びろびろ〜っと、手品みたい。



「これ、手紙?こういうのって、足に括り付けたり巻物咥えたりするんだよ。ふふ、おっぽってほんとにふかふかなのね…」



“祖父寝込む、料理番の手伝いを頼む”



「えっ、おじいちゃんが、」



淡々と書かれたお父さんの字。緊急事態だ、ええと、片付けと荷造りと、あと秋刀魚どうしようー…



「チュン!」

「っなあに、おっぽ…もう一枚あるの?」



2枚目の手紙。おっぽがいつもの大きさに戻ってる。



“戸締まりを忘れないでね”



こっちはお母さんの字だ。つらつらと並んだ柔らかい字に少し気分が落ち着く。

命に別状はないのね。よかった。

それに加えて、おっぽの親鳥を呼ぶよう書いてあった。そして、印はいらない、と。腰の両側に、小さく薄く、刻んであるらしい。



“あなたはよく怪我をするから。おばあちゃんが心配して、小さい頃に印を刻んでくれました。覚えていますか”



「も〜…はやく教えて欲しかったよ」



準備を済ませると、秋刀魚を皿に乗せて裏口に置き、親鳥を呼んだ。



「包丁で指怪我したのはこのためだったのかな」

「チュチュン」

「違うって。この子が飛んでくる途中にあなたが怪我したから口寄せで呼ばれたみたいよ」

「お喋りできるの」

「この子も、あと何十年かしたらね」

「ふふ、楽しみ」



背中に乗って空に舞い上がる。

風で店先の貼り紙がカサ、と揺れた。



しばらくお休みします 店主



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