ナルト
□44
1ページ/1ページ
「ふふ、大丈夫でした」
「何がです?」
「ううん、こっちのはなし。」
“そんな事しないで”なんて言うから、重いと思われたかと思っちゃった。
少し早足になった彼。斜め後ろから見た耳が赤くて、怒ったのか照れたのかと、私も早足で追いつく。横目で見てひと安心。
少ししてヤマトさんは困ったように微笑んだ。
「すみません、その、照れてしまって」
「いえ、私もデートなんて言って浮かれちゃって」
「はは、これはまいったな...」
公園に着き、ベンチに座ると2人してふうと一息。
ああ、私、ずうっとヤマトさんしか見てなかったのかもしれない。
景色を見やれば、近景の木でさえ焦点が合うのに時間がかかる、そうも感じるぐらい。
色づいた木々がざわめき、落ち葉が舞う。綺麗だなあとヤマトさんがつぶやいた。
「それじゃ、読書の秋といきますか...ってもう殆ど冬だけど」
「今日は特別、天気が良くて良かったですね」
「ああ、暖かくていい日だ」
それからしばらく本を読んだ。
3分の1ほど読んだところで、少し目を休めようと木が揺れるのを眺める。
沈黙が心地よくて、ずっとこのまま隣に座ってるだけでもでもいいなあ、なんて。
その静けさを割くように、ぎゅう、と音が聞こえてきた。それも、私のお腹から。
「...今、虫が鳴いたかな」
「あ、あは。秋は虫の音が綺麗ですよね...私、読書の秋より食欲のほうだったかも」
「僕もだ。昼には少し早いけど...いただいてもいいかい、お弁当」
「もちろん」
今日はたくさんおむすびを用意した。
梅、おかか、鮭と定番ばかりだけど、やっぱり行き着くのはここなんだよね。
んんー、冷めても美味しいなあ。
「午後からお仕事だって言っていたから、たくさん作ったの。足りそうですか?」
「ああ、充分だよ、美味いです。それに身体の中から元気がみなぎるような」
「ふふ、大袈裟ですよ」
「本当だよ。お陰で午後の任務も頑張れそうだ」
そうして食べて、景色を眺めて、本を読んだ。
「わ、もう行かないとマズい時間だ」
「そっか。今日もとっても楽しかったです、ありがとう、ヤマトさん」
「あぁそれはよかったです。僕なんて本に熱中しすぎて話もロクに振らなくって、退屈だったらどうしようかと」
「ふふ、そんな...今日読んだ小説でね、ある2人が。それぞれはよく喋るんだけど...」
2人の描写になると会話が途端に少なくなった。でも、柔らかくて優しい。一緒にいて楽しいだとか幸せだとかっていうのは、話が盛り上がることだけではないのだと。
「...だからね、そういうことです」
ヤマトさんはまた困ったように笑った。
そして、いつかの夜のように、彼の右手が私の顔の方に差し出される。思わず目を瞑る。
また頬に何か付いてたかな、ごはんつぶかな、海苔はもっと嫌だなあ...
恐る恐る目を開くと、目の前に紅葉した桂の葉。髪についていた、と。
私はそれをヤマトさんの手から取り、読みかけの自分の本に挟む。
「しおりに」
「ああ。いいね」
「また頬にご飯粒でもつけてたのかと思っちゃった。それじゃあ、ヤマトさん、急がなきゃ」
「はは、懐かしいな...」
お弁当ありがとう、とヤマトさんは荷物をまとめる。待機所の方を向いて足を少し踏ん張る。ぴょーんとひとっ飛びかな。
これで今日はお別れかと思えば、ヤマトさんはこちらを向き直した。
「ゆきさん、僕はきみと出会ってからなんだか幸せだよ。今日の献立は何だろうかって、手書きのきれいな文字と、店先のいい匂いと。楽しみなんだ、いつも。」
私はこくりと頭を傾ける。
「...明日もまた、楽しみにしてていいかい」
しおりが落ちないように、本を胸に抱きしめる。
わたしはうん、と頷き手を振った。
「いってらっしゃい」
一日千秋、また明日。