ナルト
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「....申、未、どーん!」
店の裏の路地。倉庫の横にしゃがみ込んでこそこそと手を動かす。冒頭の印を結んで勢いづけて地面に手を当てるも虚しく、ぺち、と音が鳴っただけだった。
やっぱり失敗かな。急ぎたいのに。
小さいころ、いつの間にか出来ていた口寄せの術。印なんて結んだことがなかったから、先日、イルカ先生にお願いしてアカデミーの本をお借りして勉強したのだ。が、うまくいかない。
...あと一回出来なければお店に戻ろう。お客さんを長時間一人にさせるわけにはいかないもの。おかわりを待ってるかもしれないもの。
いや、今日のヤマトさんはそれはないか。食欲がなさそうだった。なんとか薬膳のおかゆかお茶漬けかサラッとでも食べて、任務の疲れを取ってもらいたい。
「よーし....!亥、戌、酉、申いて」
申の印を結ぶのに、重ね合わせた手のひらにチクっと痛みが走った。
右手の親指付け根にガラスの破片が刺さっている。
小さいから大事には至らないので、指で押し出しておいた。
綺麗な瑠璃色の破片。この間食器の整理をしていた時にうっかり割ってしまった切子のグラスだった。
ああ、これ口当たり良くってお気に入りだったのになあ。赤と青でペアグラスになってて、カップルのお客さんにお出しするのが好きだったのに。
親指の付け根は包丁の肢が当たって痛そうだ。
ヤマトさんのご機嫌を害してしまった。
いつも顔色が良くないって、そんなつもりは無かったけど、言葉足らずだった。失礼なことを言ってしまった。
ぼんやりと右手を眺めると、傷口からじわりと赤が滲む。痺れるような熱が手に集中する。
それにつられて目からもじわりじわりと、
「ゆきさん!」
「わぁあ!」
どてっと後ろに尻もちをついてしまった。咄嗟に手を着いたから砂まみれは逃れられたけれど。ああ、手を怪我して、着物を汚して、今日はもう台所に立ちたくないなあ...
なんだか自分らしくない。こんなにも弱気で。ぽた、ぽた、と薄桃色に濃い色の水玉が落ちていく。
「ゆきさん、大丈夫ですか」
「あ、えっ、と...」
そうだ、声を掛けられて吃驚したんだ。声の主の方へそろりと目を向けると、心配そうな顔のヤマトさんが屈んで手を伸ばしてくれていた。
「....すみません、」
きゅっ、とその手を握る。
「謝るのは僕の方だ」
ぐい、と力強く引かれる。
「チュン」
右肩で、鳥が鳴く。
...んん?
と同時に、うわぁ、どしん、とヤマトさんが倒れてしまった。なんだか今日はよく転げる日だなあ。なんて呑気に考えている私だけれど、
「ひゃ、ひゃぁあ」
「わぁあ」
手を繋いでいた為に、彼に馬乗りになってしまった。思わぬ身体の密着に、右頬の触れた大きな胸板の感触に、顔がかあっと熱くなる。
「ごめんなさい、」
「いや、だから謝るのは僕の方で...」
俯きぼそぼそと声を出す。
気まずくて恥ずかしくて、そんなこともつゆ知らずな大通りの賑やさが遠く遠く感じる。
「おっおい、君、」
「チュン、チュン」
ここにもそんなこともつゆ知らずな小鳥が、ヤマトさんの口にヨモギを押し込んでいる。
茹で蛸のように赤い顔の彼。私もきっと今おなじなのだろう。おっぽはチラチラと心配そうにこちらにも目を向けてくれている。
「苦、これ、薬草か?」
「ふふ、ありがとう、おっぽ。心配してくれてるのね」
「チュン」
けどね、
これはヨモギじゃ治んないの。