銀魂

□女と仕事、男と煙草
6ページ/6ページ

山崎さんへのお礼と謝罪も順調そう。
もちろん、彼もくどくどと言うタイプではないから、心配も何もないんだけど。


そんな2人を横目で見ながら、廊下へとずり上がった。すると、


“ゆき、”


と、小声で名前を呼ばれるや否や、手首を引っ張られる。

背中越しに、驚いた声で私と彼の名前が呼ばれるも、振り向けない。

状況が読めずに覚束ない足取りのまま、ばたばたと廊下を早足で進み、


「腕!腕いたいです、」



食堂の前で、ぴたりと立ち止まる。
もう消灯されていて、心細くなるほどに薄暗い。



「...悪い」

「ど、どうしたんですか、突然」

「俺はお前に用事がある」

「う、やっぱりあのお風呂は...」

「近藤さんが許可出してんだ。それにちゃんと掃除すりゃ問題はねェ」

「よかった、怒ってるのかと」



すると拳があげられ、おでこを小突く真似。
その手は、触れなかった。



「...こんくらいな」



けれども距離は少し近づき、彼の着流しから、いつものタバコの匂いがした。



「荷物、食堂に置きっ放しだろ、取って来たらどうだ」

「ぅあ、そうでした。行ってきます」



あわてて厨房の隅のロッカーへと向かう。

巾着を取り出す瞬間、ふとタバコの匂いを思い出した。
きゅーっとみぞおちが痛くなり、思わず蹲った。

息をしても空回りのようで、涙腺が緩むも、涙は出ない。
切ないような、愛おしいような、喜怒哀楽、全部が入り混じってよくわからない。

少しの間目をつぶって息を整えていると、土方さんが食堂に入ってきた。


「おい、いつまでやってん...ゆき?!おい、大丈夫か」

「...大丈夫です、荷物ひっくり返しちゃって、へへ...」

「全部あったか?」

「はい」


彼を目の前にすると、しっかりしなきゃという気持ちが優先されるのだろう。すっと立ち上がり、玄関までスムーズだった。


「では、お疲れさまでし「送る」

「え」


草履を履いて、さっさと行ってしまう背中を慌てて追い抜き、門が開く前にその歩みを止める。


「何時だと思ってんだ」

「22時です。...何歳だと思ってんですか」

「俺とそんな変わんねーだろ。だがな、性別が違う」

「女として認識してくれてたんですね」



“...あァ、お前は女だよ”


ドン、と背中に衝撃が走り、思わず目をつぶる。

ゆっくり目を開けると、目前に土方さんの鋭い目。腕は頭上で組み抑えられ、後ろは門の壁で、板挟みだ。



「ひ、じかたさ....」

「俺ァ今そんなに力も入れてねェ。男の力つうのは案外にもあるもんだ。山崎もアレでも男だ」


“この意味、分かるか”


軽率だった私への心配と戒めが、ずんと心臓のあたりに突き刺さる。



「ごめんなさい...」

「...分かりゃいい」



そうして手を離し、門の向こうの門番さんに開けるように指示を入れた。

行くか、と促してくれた彼は、先ほどに比べて穏やかに、ゆったりと歩いてくれた。



「土方さん、」

「ん?」

「タバコ、吸っても大丈夫ですよ」

「お前いつも嫌うだろ。帰りにでも吸う」

「今は大丈夫な気分なので」

「なんだそりゃ、ま、1本ふかすか」



家までの10分間。
その間にシャンプーの匂いは、タバコの匂いに塗り替えられた。

彼は階下で、部屋の戸が閉まるまで見送ってくれた。

服を着替えて布団に潜る。



明日には、この匂いも消えてしまうだろうか。

自分の髪に顔を埋め、眠りについた。


次の章へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ