銀魂
□残業手当て
5ページ/5ページ
「オヤジ、がんもと牛スジ、大根」
「えーと、私も大根ください。あと、ごぼう天とたまご」
あいよ、と一声、ひょいひょいっとお皿におでんが盛られる。長年の商売の証か、つるつるのたまごも一発でキャッチ。すごいや。
「あい、お待ち。お前さんらはデートかい?いいねえ若いモンは」
「あはは、そんなかんじ、
"ブリュリュリュリュッ"
....ではないですね。デートで黄色いモンぶちまける彼氏なんて嫌ですもん」
「あ?文句あるかよ」
「おでんとマヨが可哀想...」
「この美味さがわかんねーのが可哀想だな」
「いただきまーす」
「無視かよ...いただきます。」
まずは大根。お箸ですっと切れて柔らかい。中もほんのり色づいて。あぁ、美味しい。
だんだん身体がポカポカしてきた。おでんの優しい味に、熱燗のクゥッとくる刺激。たまらない。
土方さんも、屯所で飲む時よりもお酒が進んでいるみたい。
「男所帯で大鍋で飯がでると戦争でよ、」
「あはは、見てみたいです。あ!週末はお鍋の日にしちゃおうかな。美味しくって楽チンですし」
「やめとけ、片付け掃除が大変だぞ」
「え私その役嫌ですよ〜。そこは土方さんが一喝入れて零した人にさせて、」
「お前でも充分迫力あんだろ」
「もう!」
"その顔な"と言って、土方さんはグイと一口。喉仏がどくんと上下して、男の人特有のそれに少しどきっとした。
土方さんと2人で外食するのはもちろん
、こんなたわいない話をゆっくりする時間なんてなかったな。
書類仕事を振り分けて、黙々てきぱき進めていく時間もなかなか充実しているけれど
「...楽しいですね、こういうの。」
"はい、お注ぎしますよ"
徳利を彼の手元へ差し出すと、ん、と短く返事があった。
もうあんまり要らないのかな。
土方さんの頬がすごく紅い。
そういえば山崎さんが
"副長はああ見えてウブだから、からかっちゃだめだよ。"
なんて言ってたな。そんな適当な事言ってるとボコされちゃうよなんて思っていたけれど、
"あとゆきちゃん、間違っても冗談で色気見せちゃ駄目だよ、ウブな奴ほどすぐ本気になっちゃうんだから!屯所の中なんてそんな奴ばっかだからね〜
いつも作業着のままで色気のないゆきちゃんのままでいることをオススメす..ゲファァアッ"
先に私がボコしてしまいました まる。
そんなことより
副長、まさか照れちゃってたり...
なわけないか。山崎さんはああ言うけれど、近藤さんの話じゃ土方さんはモテモテ。
視線だけ横に、彼の整った横顔を見つめる。
鼻筋が通ってていいな。頬にうっすら傷痕。"オヤジさん、"と動いた形の良い唇。この横顔に憧れる女性は幾人もいるのだろう。
私の目線に気がついて、土方さんがこちらに目を向けた。目を細めて、口元が優しく緩んでる。
「どうした?」
あ、まずい。
「な、なんでもない...」
顔に一気に熱が集まる。夕方にも感じたくすぐったい感じ。どうしようもなくて、つけ慣れない帯留めを指でつついた。
「もう酔ったのか。今日はゆきが飲まねえでどうすんだ」
「へ」
「ほら、注ぐぞ」
あたふたとお猪口を差し出すと、
土方さんはゆっくりと注いでくれた。
「残業手当。現物支給で毎月月末払いでいいか?」
「...は、はい!」
「さんきゅ」
「ふふ、お礼を言うのは、頂く私の方です」
"まあ、そうなんだけどよ..."と少し困った顔。
「俺もたの...いやその、アレだ。アレ。その都度、毎週締めと言われんでホッとした」
「あー!そうしてもらえばよかったです」
「それは勘弁してくれ。俺の心臓何個あっても足りねえからな」
「そんなにたからないから大丈夫ですよ...」
「いや、そういう意味じゃなくて」
「げっ」
懐にしまっておいた携帯が震え始めた。
「そういう意味でしたか...そろそろ1個目の心臓が危ないかも。...もしもし、沖田さん?」
"...ほんと、わっかんねー奴"
調教のプロに対抗するのが必死で、土方さんが呟いたことは上手く聞き取れなかった。
あっけなく今から店を出ると約束させられてしまい、ゴメンナサイ、と土方さんに目で合図をする。
「うん、うん。屯所には泊まらず家に帰りますよ。いや、下着用意してあっても家に帰りますから。大丈夫ですって、家に連れ込んで沖田さんに連絡して仕末を
「「「結局 1個目の心臓潰されそうなんですけど?!」」」
あはは、冗談です。...あ、ゴメンゴメン、沖田さん。忘れてないからね。家に着いたら連絡しますね、」
電話を切ると、土方さんは既にお勘定を済ませて暖簾の向こうで待っていた。
「送り狼にはなんねえから安心しろ」
「ふふ、命は惜しいですもんね」
「総悟のやつにも困ったもんだな。って今に始まったことじゃねえか」
今月の残業手当はここまで。
来月末まで土方さんの心臓はお変わりありませんように、
と笑いながら、ふたり早足で帰路についた。