□忘れな草
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沖田は介錯がうまかった。
切腹で苦しむ者を確実に楽にさせてやることが出来る。
下手な者が介錯を行うと、首の骨を断ち切れず、地獄の苦しみを味わい、悶絶する。
故に、切腹が行われる際は沖田が呼ばれる事が多かった。

隊士思いの沖田。
自らの手で、自分を「沖田先生」と慕ってくれる隊士達の首をはねる。
それは沖田にとって苦痛以外何にでもなかった。
そして起こった、山南の脱走。

山南の介錯は、想像以上に沖田に精神的苦痛をもたらした。
いつも屯所中を走り回り、楽しそうに飛び跳ね、笑顔を振りまく沖田は今はない。
自室に閉じこもり、食事も摂ろうとしなかった。
土方が部屋を訪ねても、障子すら開けてもらえなかった。
毎日訪ねても、障子を開けさせてはもらえなかった。

一週間が過ぎた頃、流石に心配になった土方が無理矢理、沖田の部屋に入り込んだ。

一週間ぶりに見た沖田は、生気がなく、頬は痩け、凛とした丸い瞳は何も映してはいなかった。
こんな憔悴している沖田は初めてだ。
ふと見た白く細い手に赤い引っ掻き傷を見つけた。
「おい、これはどうした?」と手首を持つ。
細く、容易く折れてしまいそうな女の様な手首だ。
「……山南さんの馴染みの遊女さんに引っ掻かれてしまいました…私の手は汚いそうですよ。そうですね、確かに汚い…血で染まりきってしまっている…」
自嘲するように笑った。
汚い?
一体どこがだ。
お前はこんなにも美しいのに。
何よりも美しいのに。
これ程美しく気高い花など、俺は見たことがない…。

土方は沖田の体を支え、立ち起こす。
「ついて来い」と手首を引っ張った。
有無を言わせない強い力で。
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