心なき狗と、名の無い死神と。
□飴と鞭、妹と師。
1ページ/3ページ
「能力発動が遅い!」
身体全身が痛む。先程からやっている事は同じ、ポートマフィアで生き残る為の訓練。
「ぐ……」
「敵は君が起きるのを待ったりしない!立て!異能で反撃しろ!」
言われなくとも分かっている。此の儘では駄目だと云う事位…
「…ぐ」
何としても、太宰を見返してみせる。
「……!」
例え其れが、届く事無く遠くでも。
「その程度では組織(マフィア)で生き残れないぞ!それとも、
貧民街の野良犬に戻りたいか!」
反撃も虚しく壁に叩きつけられると、身体中が悲鳴を上げた。
「!?ぐ…!げほっ、ガハッ!!」
元々身体が軟弱で、咳が止まらない……其れでも構わない。
貧民街で送った生きた気のしない惨めな生活はたくさんだ。
「……よし。もう一度だ」
再び立ち上がると太宰は顔色変えずに、静かにそう言い放った。
「芥川さん、大丈夫ですか?」
ポートマフィアに来て、もう随分経つ。
暗里も平仮名だけの言葉をもう話す事はない。
「…此の位、大した事では無い」
「そうですか……でも傷、見せて下さい」
訓練で傷だらけになった自分の腕を差し出すと、予め用意されていた救急箱に暗里は手を伸ばした。
「…痛くは、無いですか?」
痛みは無い訳が無い。
「……ああ」
「顔も、こんなに傷だらけに…」
あまり表情を変えない暗里も、毎回ある訓練の後、慣れた手つきで治療をしながら、僕と話をする時だけは心配そうに僕を見つめた。
其の眼が僕を捉えて離さない。
「…げほっ、ゲホ…」
「咳止め持って来ますね」
「……すまないな」
「謝る必要は有りません。芥川さんは頑張ってますから、少し手伝いがしたいだけです」
ふわり、と暗里が微笑むと自然に僕も痛みが和らいだ気さえした。勿論、痛む事に変わりは無いのだが。
暗里が薬を取りに行くと同時位か、それより後に太宰は此方に来た。
「相変わらず暗里ちゃんはしっかり者だね」
「…暗里なら薬を取りに行った」
「知ってるよ。何せ先程、私に『芥川さんの治療が終わり次第、稽古をつけてもらっても良いですか?』と訊いてきたからね」
「……何をしに来た」
「うーん、特には何も無いよ。調子を見に来ただけ」
「……」
暫くすると、暗里が薬を持って来た。
「はい、薬と水です。芥川さん」
「ああ」
差し出された薬を痛む腕で受け取り、喉に流し込む。
「…そう言えば暗里」
「……?何でしょうか」
「僕を『芥川さん』と呼ぶのはそろそろ辞めろ」
「何故でしょう……?」
暗里が首を傾ける。まるで蝋人形の様だ。
「…暗里は、『芥川』暗里だろう?」
「…はい」
「僕は兄の『芥川』龍之介だ。だから妹の暗里は僕をさん付けで呼ぶ必要は無い」
「そう言う物でしょうか…いえ、そうですね。私は妹ですものね」
其れから何故か、少しの間暗里は考える仕草をして、改まって此方を向いた。