心なき狗と、名の無い死神と。

□飴と鞭、妹と師。
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「能力発動が遅い!」

身体全身が痛む。先程からやっている事は同じ、ポートマフィアで生き残る為の訓練。

「ぐ……」

「敵は君が起きるのを待ったりしない!立て!異能で反撃しろ!」

言われなくとも分かっている。此の儘では駄目だと云う事位…

「…ぐ」

何としても、太宰を見返してみせる。

「……!」

例え其れが、届く事無く遠くでも。

「その程度では組織(マフィア)で生き残れないぞ!それとも、





貧民街の野良犬に戻りたいか!」

反撃も虚しく壁に叩きつけられると、身体中が悲鳴を上げた。

「!?ぐ…!げほっ、ガハッ!!」

元々身体が軟弱で、咳が止まらない……其れでも構わない。
貧民街で送った生きた気のしない惨めな生活はたくさんだ。

「……よし。もう一度だ」

再び立ち上がると太宰は顔色変えずに、静かにそう言い放った。








「芥川さん、大丈夫ですか?」

ポートマフィアに来て、もう随分経つ。

暗里も平仮名だけの言葉をもう話す事はない。

「…此の位、大した事では無い」

「そうですか……でも傷、見せて下さい」

訓練で傷だらけになった自分の腕を差し出すと、予め用意されていた救急箱に暗里は手を伸ばした。

「…痛くは、無いですか?」

痛みは無い訳が無い。

「……ああ」

「顔も、こんなに傷だらけに…」

あまり表情を変えない暗里も、毎回ある訓練の後、慣れた手つきで治療をしながら、僕と話をする時だけは心配そうに僕を見つめた。

其の眼が僕を捉えて離さない。

「…げほっ、ゲホ…」

「咳止め持って来ますね」

「……すまないな」

「謝る必要は有りません。芥川さんは頑張ってますから、少し手伝いがしたいだけです」

ふわり、と暗里が微笑むと自然に僕も痛みが和らいだ気さえした。勿論、痛む事に変わりは無いのだが。

暗里が薬を取りに行くと同時位か、それより後に太宰は此方に来た。

「相変わらず暗里ちゃんはしっかり者だね」

「…暗里なら薬を取りに行った」

「知ってるよ。何せ先程、私に『芥川さんの治療が終わり次第、稽古をつけてもらっても良いですか?』と訊いてきたからね」

「……何をしに来た」

「うーん、特には何も無いよ。調子を見に来ただけ」

「……」



暫くすると、暗里が薬を持って来た。

「はい、薬と水です。芥川さん」

「ああ」

差し出された薬を痛む腕で受け取り、喉に流し込む。

「…そう言えば暗里」

「……?何でしょうか」

「僕を『芥川さん』と呼ぶのはそろそろ辞めろ」

「何故でしょう……?」

暗里が首を傾ける。まるで蝋人形の様だ。

「…暗里は、『芥川』暗里だろう?」

「…はい」

「僕は兄の『芥川』龍之介だ。だから妹の暗里は僕をさん付けで呼ぶ必要は無い」

「そう言う物でしょうか…いえ、そうですね。私は妹ですものね」


其れから何故か、少しの間暗里は考える仕草をして、改まって此方を向いた。
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