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□迷子とはじめちゃん
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徹との待ち合わせ場所、二階のゲームセンターの前のベンチ。
そこに行けば徹じゃない誰かが座っていた。
座っているその子は泣いていた。
声も出さずに、ただ静かに涙をこぼしていた。
見た目からだが小学校に入学しているか微妙なところだ。
でも、なんて静かに泣いているんだろう。
普通あのくらいの年ならもっと泣き喚いていた気がする。
その子は静かに涙をこぼして、時たまに思い出したように涙を持っているハンカチで拭いていた。
その姿はとても心を痛めた。
いっそのこと大声で泣いて泣きまくったら、誰かが助けてくれるだろうに。
なぜ、周りの人はあの子を助けないのだろうか。
あんなにも泣いているのに。
そう考えたところで気づいた。
これでは自分も一緒じゃないのか?
周りの奴らと同じように遠巻きにあの子を見て、誰かが助けてやるのを待っている。
…誰も助けないのなら、俺が助けたらいいんじゃないのか?
そう思ったら、あの子を助けてやれるのは自分しかいないような気がしてきた。
すると体は不思議なことに勝手にあの子の座っているベンチに向かって足を進めていた。

「…どうしたんだ?お前」
声をかけてみるが、反応はない。
気づいていないのかもしれないと思い、しゃがみこんで真っ直ぐに目を見つめる。
「どっか痛いとこでもあんのか?」
ただそう聞いただけなのに、その子はさっきよりも泣き始めた。
明らかに涙の量が増えた。
「うお!ちょ、どうした?やっぱ、どっか痛いとこあるのか?」
「………」
焦って訊いてみると、その子はふるふると首を振った。
痛いとこはないのか…。
それが分かってすこし安心する。
痛いとこがあって泣いているわけじゃないとしたら―
「…迷子か。うーん…、どうしようか……」
腕組みをして周りをきょろきょろと見てみるが、親らしき人はいないようだ。
「………」
「うぉわ!?ど、どうした?!」
視線を戻すと、その子はさっきよりもっと泣いていた。
ポロポロと、涙をこぼしているんじゃなくて、ボロボロと流れるがままにこぼれるがままに泣いていた。
うつむいているその子の顔を覗き込む。
大丈夫か、この子。
不安になってきたとき、不意に服を小さな手でキュと掴まれる。
「…一人、に……しないで………」
泣きじゃくり、息を吸う合間に言っていたから聞き取りづらかったが、言いたいことはわかった。
この子は、不安なんだ。
誰も助けてくれなくて、親とはぐれて、どうしようもなくて。
不安で不安で仕方なくて、不安に押しつぶされそうになって、涙ばかりが出てきているんだろう。

すっと立ち上がり、その子の隣に腰を下ろす。
服を握っている手を優しくほどき、その手を改めて自分の手と繋ぎなおす。
繋いだ手をその子の顔の前に持っていって、にっと笑う。
「ほら、これでどこにも行かねぇようにしたから!安心しろよ」
こくこくと、何度も頷いて手にその子は力を入れてくる。
本当に不安で仕方がなかったのが伝わってくる。
ここに居るぞ、と言葉にするかわりに手に力を込めて教えてやる。
すると、また泣き出す。
急いでゴシゴシとハンカチで拭いているがハンカチがぐしょぐしょで意味がなくなっている。
「大丈夫だから、泣きやめって。な?」
ぽんぽんとゆっくりと頭を撫でてやる。
落ち着くように、安心できるように、優しく、優しく…。
「…そうだ。」
おいしいものを食べた時って泣き止むことが多くないか?
今、ちょうどお菓子を持っている。
徹にも教えていない秘密のお菓子だ。
これをあげたらこの子もきっと泣き止むはずだ!
自分の考えを信じ、ポケットの中に繋いでいない手をつっこんで探す。
すぐに見つかったそれを一つだけ取る。
「これ、やる」
ん、と手を出すがその子はどうすればいいのか迷っていた。
じれったくなって無理やり手を掴んで、持たせる。
「これ、うまいから。食べてみろよ」
「…ん…。わかった…」
こくりと頷いたが食べ始める気配がしない。
世話のかかるやつだと思いながら、ポケットからもう一つ取り出す。
さすがに片手では包み紙をはがせないから、悪いと思いつつ手をほどく。
ささっと包み紙を取り、「ほら、口開けろ」と言うと素直に「あ…」と小さな口を開いていた。
その中にお菓子を放り込む。
「…ん…。おいしい……」
もぐもぐと口を動かしながらポツリとつぶやいている。
さっきまで泣いていたのが嘘みたい目を輝かせている。
「だろ?俺の中で一番うまいって思っているやつだ!!」
おいしいと思ってもらえてすごく嬉しかった。
家族には不評のお菓子だったから共感してもらえたのが、余計に嬉しい。
この子だけに今まで誰にも教えなかったこのお菓子の名前を教えてやる。
ほかの誰かに取られてしまったら困るから、周りの人に聞こえないように声を小さくする。
ないしょ話をするようにその子の耳に顔を寄せてこそっと言う。
「…塩キャラメルって言うんだぜ」
「…塩、キャラメル…」
小さな声で何度もそのお菓子の名前を繰り返している。
忘れないようにしているのだろう。
そっと顔を覗き込めば、もう泣いていなかった。
ホッとして息をつきながら、まだ残っている涙の跡を拭ってやる。
「はじめちゃーーん!」
「お、とーる」
タッタッタッと走ってきた徹がベンチの前で止まる。
「…だぁれ?この子」
こてん、と首を傾げ徹が訊いてきていまだに自分はこの子の名前を知らないことに気づいた。
「さぁ?知んねぇ、…けど迷子らしいから」
「なるほどぉ〜」
うんうんと一人徹は頷いて、すとんとその子の前にしゃがみこむ。
にこり、と笑ってその子の手を取る。
「君、迷子になっちゃたんだね。でも、安心してね?今から君のお母さんたちを呼んでくれるところに連れていってあげるから」
じゃあ、行こっかとニコニコと笑って徹はその子を立ち上がらせて、歩いていく。
慌てて隣に並ぶとにこやかに徹がいろいろと話していた。
こいつなら大丈夫かと思い、あとを任せる。
塩キャラメルをポケットから出し、口の中に放り込む。
すると、じっと見られていることに気づいた。
「…欲しいのか?」
そう訊けばこくりと頷く。
さっきと同じように口の中に放り込んでやると、嬉しそうに頬を緩ませている。
「あー!いいなぁ!俺も欲しいぃ〜」
駄々をこね始めた徹を無視して歩いていくと、迷子センターについた。
さっと一歩前に徹が出て、係員のお姉さんに事情を話している。
「―というわけなんです。…この子、お願いします」
「ええ、わかったわ。ここまでありがとうね」
「いいえー。…ほら、はじめちゃん行こ?」
迷子センターにその子を預け、徹は早く行こうと急かしてくる。
「…おう」
しかし岩泉は動けないでいた。
また、さっきと同じようにその子の瞳が不安げに揺れている。
不安そうなその子を守ってやりたくなり、足を止めさせる。
たたっとその子に駆け寄り、岩泉はポケットの中から塩キャラメルの箱を取り出す。
「これ、寂しくなったり、不安になったり、悲しくなった時に食べろよ。やるからさ」
ぽん、とその子の手の中に落とし、にっと笑いかける。
「またな!」
なでなでと撫でててから、待っている徹のところに走っていく。
「はじめちゃんやっさしー!」
「うるせぇよ。早くバレーボール見に行こうぜ。」
「ちょ、はじめちゃん速いよ!」
パタパタと人ごみの中に紛れていく二人の後ろ姿をじっとみつめるその子に係員のお姉さんは優しく声をかける。
「ねぇ、お名前はなぁに?」


「…アキラ。国見、アキラ…」

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