短編

□気付かない、気付かせない。
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勝てない。
その事実はハルカの心に重く圧し掛かる。
今迄ポケモン達を瀕死にさせた事はあっても、決して負けた事は無かった。
だからこそ、ハルカは"勝てない"という壁の乗り越え方を知らないのだ。


ポケモン達をセンターのジョーイさんに預けて、ハルカはトクサネを歩いていた。
全滅してしまった仲間達の回復を待ちつつ、必死で必勝法を考えるべくある場所へと歩を進める。
ハルカがジョウトに居た時。何時も何か有れば言っていた場所。
太陽の光が反射してキラキラと輝き、綺麗な蒼が一面に広がる。
__そう、海。ハルカは海へと向かったのだ。
広がった綺麗な一面の蒼に、ほう、と息を吐き出す。
数歩砂浜を歩いては、誰も居ないのを良い事に、全身の力が抜けたかの様に膝から崩れ落ちる。
ぼんやりと歪む視界に眉を寄せて、綺麗な海を唯、眺めていた。

時が経つに連れて視界は歪んで、ついには頬に一筋の涙が零れ落ちていった。
一度涙を零せば、次々と留めど無く零れて行く。
ハルカは、其れを拭う事は決してしなかった。

又、負けた。
私は一体何をしているの。
何回も何回も挑戦して、その度に皆を傷付けて。
負けて、傷付くのは私じゃない。
私が今迄一緒に旅をしてきた、仲間たち何だ。

自身の無力さを思い知る。
私は何も出来無い。皆が全力を発揮出来る様にちゃんと指示を出す事も出来無い。
私は一体、何度彼等を傷付ければ気が済むんだ。
次々と浮かぶ言葉に、更に涙を零す。

「…泣いて、何に成るの。泣いてる暇があるなら、少しでも皆が全力を出せる様な戦い方を、考えなきゃ」

ふるふると頭を横に振る。
頬に伝う涙を少し乱雑に拭い、ゆっくりと立ち上がる。
頭の中に、二匹のポケモンの姿を思い浮かべてみる。
太陽の様な形をしたポケモンと、月の様な形をしたポケモン。
__ソルロックと、ルナトーン。
この町のジムリーダー、フウとランの手持ちで有る。
確か彼等のタイプはエスパー、岩。
ならば、手持ちのグラエナは先ず確実に出さねばならない。
そして、あのジム特有の戦闘方式__ダブルバトル。
グラエナのパートナーは誰が良いだろうか。
もう一つの兼ね備えた岩タイプを攻めるとすれば、キノガッサだろうか。ミロカロスでも良いかもしれない。
其処まで考えて、ふと脳裏に今日の戦いが過る。
彼等は、今日負けたばかりじゃないか。

くらりと眩暈がした。
私じゃ、勝てない。私たちじゃ、彼等には勝てないのか。
そんな感情が胸の奥から湧いてくる。今迄の黒い感情が一気に溢れだす。
眩暈と同時に今度は吐き気迄してくる。嗚呼、成程。私はこんなに弱かったのか。

この綺麗な海に溶け込んでしまえれば、この黒い塊は消化されるだろうか。

頭に浮かんだ考えに、一歩、又一歩。
海へと歩み寄る。
今の季節だと少し冷たい位かな。風邪引いちゃってもまぁ良いか。
海に溶けるってどんな感覚何だろう。
…いや、本当に溶けれるとは思って無いんだけどね。何て。

(如何せ、心配する人も居ない。)

私は今、一人なんだもの。

海へ歩を進め、海水に足をつけ。そのまま、前へと倒れ____

「ハルカちゃんっ!!」

海の中へ、ハルカの身体は完全に沈む筈だった。
だが、ハルカの身体は半分沈んだ所で海とは反対へ引っ張られる。
腕を指輪の嵌った誰かの手によって引っ張られ、そして暖かい温度に包まれる。
炎やポケモンの暖かさでは無く、人の、暖かさ。
皺一つ無い綺麗なスーツを身に纏って居り、其れが濡れる事、皺が寄る事など気にしないと云う様に力強く抱きしめられる。
視界の端に移った相手の髪は、太陽の光に照らされキラキラと輝いている。
綺麗な、銀の髪。ハルカには其れ等に見覚えが有った。

あの日、偶々カナズミに有るデボンコーポレーションの社員を助け、社長に頼まれごとをされ。
社長に言われた手紙を渡すべく、"ダイゴ"と云う人を探しに石の洞窟へと行って。
その時に初めて目にした人。
山男とは違う綺麗なスーツ姿と、スラリと長い手足。
整った顔に、彼に良く似合う銀色の髪。
洞窟には似合わない其れ等がとても印象的だった。
綺麗な見た目に似合うテノールの声は、聞いててとても落ち着くもので。

「キミは一体何をしようとしたんだい、何故海にそのまま入ろうとした」

頭上から聞こえる其れは、とても落ち着く。
とくん、と心臓が跳ねた気がした。
嗚呼、彼は

「ダイゴ、さん」

自身を優しく包み、強く抱きしめる彼はダイゴ。
デボンコーポレーションの社長の一人息子で有り、ポケモンリーグのチャンピオンで有る__事をハルカは知らない。
彼女の中でのダイゴは"石が大好きな少し変わった人"である。
そして同時に、自身の中で度々思い出される、少し気に成る人。
出逢う度に優しくしてくれるダイゴは、一体何者なのか。一度不思議に思い問うてみた事も有った。
だが彼は唯"石が好きなだけの唯のトレーナー"だと言っていた。きっと違うのだろうけれど。

投げ掛けられた質問には答えず、唯抱き締めてくる相手の名を呼ぶだけのハルカに、ダイゴは少しばかり困惑の色を表していた。
自分から人に関わる事の無かったダイゴは、咄嗟に海に沈もうとしたハルカを助けた物の、如何するかなんて何も考えて居なかったのだ。
いや、考えられなかった。思いつかなかった、が正しいのだろうか。

幸い、トクサネには自宅が有る。其処でゆっくり問い質すか。
そう考えをまとめたダイゴは「ちょっと御免ね」と声を掛けてから、ハルカを抱きあげる。
突然の行動に驚いた様に小さく声を上げるもの、決して抵抗はしなかった。
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