いろのゆめ。
□寡黙青年の異世界生活
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【プロローグ】
ある日のこと。
カルマはファルケとの手合わせを終え、ローザの待つ大広間へと向かった。
「……ロズ、ただい……」
「主、只今もど……」
大広間に向かった二人は思わず絶句した。
そこではローザが謎の物体を握り潰さんばかりに掴んでいるという、異様な光景が広がっていた。
「……あら、お帰りなさい二人とも」
「……ただい、ま……?」
「……あの、主……大変申し上げにくいのですが……何を?」
「ああ……ふざけたことを抜かす愚か者を絞め上げていたところよ」
恐る恐る尋ねたファルケの質問に優雅に微笑みながら返しているが、言動はとてもえげつない。
見かねたカルマが止めに入り、ローザはしぶしぶ掴んでいた物体を離した。
「助けていただきありがとうございます!申し遅れました、私、こんのすけと申します」
ローザから解放された物体……もとい、こんのすけと名乗った自称式神の小さな狐は、ぺこりと頭を下げた。
「……ここは容易に侵入出来ないように主が結界を張っているのですが……」
「その結界にわざわざ穴を作って侵入してきたらしいわ」
ファルケの言葉に、ローザは苛立ったように返した。
「も、申し訳ございません……。ですが、こうせざるをえない状況ゆえ、強行手段を取らせていただきました」
「……どういう、こと?」
カルマがこてん、と首を傾げると、こんのすけは彼を見てこう言った。
「貴方様に、是非審神者になっていただきたいのです」
「ギィ、ナゴ、大砲用意」
「はいッス姫様!」
「了解よぉ」
「お、お止めくださいぃぃ!!」
こんのすけが言った瞬間、ローザはギィとナゴに命令を出し、2匹も生き生きとした表情で了承し、行動に移そうとしたところを必死でこんのすけは止めた。
「止めるわけないでしょう?カルマをそう簡単にそちらに引き渡すつもりはないわ。諦めなさい」
「で、ですが、このままでは歴史が……」
「そうだとしても、許可することは出来ないの。他をあたりなさい」
ローザはどうしてもカルマを審神者とやらにさせたくないらしい。
ファルケは傍観に徹するらしく、全く口を挟まず見守っている。
カルマはローザとこんのすけのやり取りをぼんやりと見ていたが、どうするか決めたのか、こんのすけに声を掛けた。
「……僕、にしか……出来ないんだよね……?」
「え……あ、はい……ここでは、貴方様以外には、誰も……」
「……なら、やる……」
「ま、誠にございますか!?」
「カルマ!?」
ローザとこんのすけの驚愕した声が同時に響いた。
一方、ファルケは傍観を止め、話に加わった。
「私はいいと思いますがね」
「ファルケ……貴方まで何を」
「今まで散々異世界に飛んでいるんです。……止めるほうが今さらだと思いますよ、主」
ファルケの言葉に、ローザはつい押し黙る。
確かに、今までにも何度か異世界へ任務と称して飛ばしたことはあった。
それでも、今回ばかりは勝手が違う。
ローザは二人が戻ってくる前にこんのすけから聞いた話を思い出す。
戦いが終わるまで、こちらに戻ってくることは出来ない。
そのうえ、その戦いはいつ終わるのかも分からない。
それに。
(……審神者が従える刀剣男士は、付喪神。……あの子は無垢で、真っ白な存在……。彼らも神の一端、あの子を気に入れば、そう簡単には返さないはず……最悪、神隠ししてでも逃がさないでしょうね……)
彼女の懸念はその戦いの最中にもあった。
それは、こちらとしては最も警戒しなければならない事態だった。
だからどうにかして止めたいところだったのだが………。
「……大丈夫……絶対、帰ってくる、から……」
「カルマ……」
「……だって、僕の……帰る場所、は……ここ、だから……」
表情は変わらないながらも、何とか自分の意思を伝えようと頑張っている彼を見て、ローザは仕方ない、といった様子で深いため息を吐いた。
「……仕方ないわね。……必ず、戻ってくるのよ?」
「! ……では……!」
「彼を審神者に、というその依頼、引き受けさせてもらうわ。……但し、条件つきでね」
「その、条件とは……?」
こんのすけは不安そうにローザに問いかける。
「彼の滞在期間を無期限から1年に変えること。これを呑まない限り、またその類いの依頼が来た場合、何があっても断らせてもらうわ。いいわね?」
「……分かりました。では、1年後に別の審神者への引き継ぎを行えるよう、政府に連絡しておきます」
無茶な条件ではなかったからか、安心したようにその条件を了承したこんのすけは、カルマに向き直った。
「それではカルマ様、早速転送を「するなら外でなさい」……分かりました……一度、外へ移動しましょう」
こうして、1年という長いようで短い期間の中、カルマの審神者としての日々が始まろうとしていた。
どのような出会いがあるか、どのような別れとなるか………。
カルマは、いつもより少しふわふわした心地で、先に行っている少女の後を追った。
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