裏・御伽草子

□【9】観察する女神
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その強烈な光に、周囲にいたイオン達は目を瞑る。

徐々に光は人型の形へと変化していき、次に濃紫色の霧がその人型を覆っていく。

そして、その霧はベールを脱ぐ様に、その人型の頭部から全身を色付けするように明確にしていく…。


淡い海色の滑らかなポニテールした髪に…黒曜石を思わせるロングドレス、そして同じ色の変わった仮面を身につけている。

そう…キーチェーン化していたシュヴァルツが、元の姿へ戻ったのだ。



「あっ、シュヴァルツ…」

「お〜、やっぱ人型だと別嬪だねぇ」

『ねえ、しゅーちゃん! 僕も人型に戻してくれないかな〜』


「……」



シュヴァルツは、口を閉じたまま右手を翳した。

すると、三人の身体から黒い霧が発生し、その霧が彼女の手へと吸い込まれる。

暫くすると…三人の周囲に漂う黒い霧はなくなり、シュヴァルツはふぅと息をはく。


「感謝する…」


そう一言言うと、彼女の身体が再度眩しく光り出し…キーチェーンへと戻った。

キーチェーンとなるや、重力に従って床へと降下していく所をパシッとキャッチした人物あり…。



「何をしている」

「「「ヴァンス(さん)!」」」

『おかえり〜』



四人が見事にその名を合唱した。

丁度、この屋敷の主が帰宅したのだ。



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



「なるほど…。あの三人の負の感情を糧にしたのか」


部屋を散らかした三人とよからぬ事を企んだキーチェーンにそれ相応の罰を与えた後、

ヴァンスは、綺麗に片付いた自室で一人酒を楽しんでいた。

…正確には、キーチェーンと化した『女神』と共にだが。



『あの人の子らと人から作られしモノの芳醇な闇は…私の活力を満たした』

「空腹か? ならば、闇に近い世界へ赴けばいい。自力で鍵を解けるだろうに…」


『不安定な基盤をもつ世界を見出すのも、至極困難なこと。

逆に無作為に世界を混乱に陥れれば、世界の秩序を壊しかねない』


「…妙な所で理を守る奴だな」

『その理すら恐れぬそなたこそ変わり者だ、ディアスよ』





そう、出逢った時から…。

この男――――ディアスは、今まで出逢ってきた者達とは異なる『魂の波動』をもっていた。

その破天荒な所業で世界全体を敵に回そうとも…この者に「迷い」という文字はない。


ディアスの内に秘める“闇”は計り知れない。

哀しみ、憎しみ、恐れ、妬み、怯え、嫉み、痛み…人がもつあらゆる負の感情。

大いなる心の闇の部分と同化しても、それらに飲み込まれる事無く、それらを制御し…自らの身体の一部として利用する。


その器にふさわしく、愚かな人の子…特に悪行と暴虐の限りを尽くす底辺の器の輩に対しては、

その魂が消滅寸前になるまで…いうなれば「死」よりも過酷な苦しみを与え続ける。

だが、残虐非道かと思いきや、この男には女子どもに情けをかける【紳士道】に近い道徳心とやらが存在する。


「冷酷」と「仁愛」

対をなす二つの側面――――どちらが本当の“ディアス”なのか。


私が、自ずとこの男に惹かれたのは…この者が歩むだろう行く末に興味を抱いたからだ。

ディアスは果たして慈悲なき「破壊神」と成り果てるのか、

それとも…別の『存在』へ成長するのだろうか…。


胸にこみ上げる感覚を表現するのは容易くない。

強いて言うならば――――「好奇心」と「探究心」がまじりあったものだ。





「今日は良い酒が手に入った。たまには人の嗜好品を試してみろ」


そう笑いながら言うと、ヴァンスはキーチェーンを白ワイン入りのグラスにいれる。

コポッと音を響かせ、気泡とともにブクブクとグラスに沈むキーチェーン。



「ドイツ産のリースリング種の白ワインだ。心地よい甘みがするだろう?」

『……ふむ』



その一言は、美味か不味いかどちらを指しているのか…。

答えは…時間が経つにつれて、グラスの白ワインが空になった事を見れば明らかだった。





【おわり】



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇



【あとがき】


久しぶりのヴァンス陣営のお話です。

いつもキーチェーン化しているシュヴァルツの一風変わった小話。

シュヴァルツは、日常はほとんど他の人達が声をかけても無言状態です。

普通に会話する相手は、契約者のヴァンスかリエだけかもしれません。





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