裏・御伽草子

□【7】霊光の祈念
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結果は…案の定惨敗した。

只でさえ、チャクラ不足だった身体を酷使してしまい、最早膝をついた状態を維持するのがやっとだった。



「なかなかいい筋をしている…滅するにはおしい存在だ」



男は興味深そうに、膝をつくイタチの首元に黒い変わった形状の日本刀の切っ先のつきつける。

面白い玩具を見つけたように、瞳は少し輝いていた。


「…うちはイタチだったな」

「ああ…」

「前言撤回する、お前の生き様は賛美に値する」


突然、先程の言葉を180度変更した男に、イタチは「え…?」と訝しげに目を細める。

男は、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ言葉を続ける。



「お前は、類を見ない平和への執着心により自らの願望を叶えた。

形ばかりの名声に囚われず、自己犠牲を承知の上で里と血縁者を救った。

その類を見ない献身と執念深さ…

それにより優れた功績を紡ぎあげた事は明白だ」



言われた言葉に、イタチは目を極限に見開いた。

眼前の男は、自分の人生を一度は否定したものの、正当に見直し評価した。

その瞳は軽薄で虚偽を匂わせるものではなく…相手に対する敬意と優劣にこだわらない公平さを含んでいた。


(……不思議だ。心が…軽くなる)


誰にも称賛されない運命を背負わされた…。

その背景も合わさり、男により自分の【すべて】が正当化された事で…

イタチは此処で呪縛から解放されたのだ。



イタチはスッと目を閉じて頭を垂れた。

何故、この男に忠誠を誓う姿勢をとってしまうのか…?

いや、この人物を一目見た瞬間から俄かに分かっていた。


己を認め、心も体もすべてを手中に治めてしまう孤高の【支配者】

畏怖、脅威、狂気…まるでこの世の『悪』という名のマントを身に纏う【常闇】


…この胸に溢れる感情は「歓喜」

そう…イタチは魅入られてしまったのだ。

――――世の理をいとも容易く覆すだろう『破壊神』となる漆黒の男に。



「…ありがとうございます」

「礼を言われる筋合いはない」



男は、そう呟くと同時に持っていた日本刀をイタチの額に突きつけた。


「…何か言いたげだな」

「お願いがございます…」


少し顔をあげたイタチが真剣な眼差しでこう訴えた。


「この草原に囚われている魂を解放する術を教えてください」


イタチからの懇願に、男はピクリッと片眉を顰める。



「何故、憐れな魂共の解放を求める?

お前にはそれに伴う利益などないだろう」



男が不思議そうに問いかけると、イタチは穏やかな表情でこう返答した。



「この地に束縛される魂は皆、ただ空虚な思いを埋めるために『拠り所』がほしかっただけです。

……人徳の有無にかかわらず、彼らにもう一度、生まれ変わるチャンスを与えてあげたいのです。

俺と同じ様に…」


「対価は重いぞ」



この時を待っていたかの如く、男はイタチに意味深気な発言を口にした。

イタチは…迷う事無く意志を表明した。


「彼らの解放の対価として、俺は未来永劫、貴方様の『武器』としておつかえします」

「フッ…契約成立だ」



不敵に笑みを浮かべると、日本刀を一気に地面に突き刺した。

すると…地面にヒビが入り、その隙間から根っこに縛られていた無数の魂が解放されていき、天高く舞い上がっていく…。


蒲公英の綿毛の様に空高く昇っていく魂は…神秘的な光のイルミネーションを生み出していった。

それに反比例して紅の園を築き上げていた『麻勾朱』の花々は徐々に萎れていき、

【魂縛の草原】は一瞬にして寂しい荒地へと変化してしまった。


ゆっくりとゆっくりと…

元来あるべき場所へ戻っていく魂の群れを見ながら、イタチは仕えるべき新しい『主』に目を向けた。



「念のため言っておくが、俺に仕える事はこの世のすべてを敵に回す事と同意語だ…。

いまさら拒否したとしても遅い」


「…構いません。

もとよりそのような世間体等気にする程、繊細な精神は持ち合わせておりませんので」


「生前以上の汚れ役を買う事になるぞ」

「……貴方様に仕える身、覚悟はできております」



イタチの強い意志を再確認した男は「いいだろう」と了承の返事をした。

そして…イタチの額に人差し指と中指を押し当てると詠唱を唱え始める。



「我は、数多のモノを統べる『大いなる心』なり。

魂となりし人の子よ…。

我への絶対的忠誠の名の下に…契約の印を与える。【ヴェトレージェ】」



そう言った瞬間、周囲に眩しい光が広がり、一瞬にして終息すると…

イタチの額の右側に若紫色の宝石が埋め込まれていた。



「俺は、矛盾に満ちた世界の理にメスを入れる。先は長いぞ、イタチ」

「貴方の仰せのままに…ヴァンス様」



思わず口元があがってしまいそうになる。

込み上げてくる喜びと興奮の衝動…。

この身が既に深い闇へ身を落としたのだという証だとすれば、俺はそれを心底望んでいたのだろう。



「……この仮初めの世に革命をもたらす為ならば、俺は魂が滅びるまで貴方にお仕えいたします」



幼い頃から思い描いていた恒久の平和への憧れ…。

それを叶えようにも実現できない世の成り立ち。

仮に、それが世界の理の絶対的法則ならば…その忌まわしい「常識」を覆すべきだ。

この御方――――ヴァンス・F・クローチェ様ならそれを叶えることが可能だ。


世界の常識を変革し…新たな道筋を紡ぐ事が出来るならばこの手を血と憎しみでさらに染め上げることなどいとわない。



(全ては…世界に平和への礎を築きあげるために)



こうして、俺…うちはイタチは新たな第2の人生を歩む事となった。





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