裏・御伽草子

□【7】霊光の祈念
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気付けば、そこは…見た事もない場所にいた。

日本画にでてくる「地獄絵図」を考えていたが、イタチの眼に映ったのは…

そんな想像とは異なる風景だった。



見上げる空は橙と暗闇がまじりあった夕暮れ…。

見渡すと周囲には、無数のホタルのような淡い白黄色の球体が漂っていた。

辺り一面に咲き誇る赤い花々の草原。

まるで、鮮血を連想させる花は不気味であり…美しく感じられた。


ふと、視線を落とすと…

地面に白黄色の球体が引き寄せられるように急降下していく。


『あ…ああ…』

(なんだ? うめき声が…)


目を細めて地面を観察すると…次の瞬間、イタチは絶句した。



「こっ…これは…!」


彼の眼――――写輪眼が地面…奥深くを透視した。

そこに広がるのは―――赤い花の無数の根っこが、数えきれない『人々』に絡みついていたのだ。


イタチは顔が徐々に蒼白と化した。

先程、地面へ吸収されたのはホタルではない…人の「魂」なのだ。

その根っこは…無数の魂から粒子を吸収していく。

その都度、無数の魂は苦痛の表情となり、呻き声が木霊する。


その魂はあまりにも現実の生きている人間に近い姿をしており…中には女性や幼い子どもまでいた。

【根】により吸収されていく魂たちは徐々に顔や身体全体が痩せこけていき、ミイラ化していく。



『だ…して…ここ…から…』

『くる…し…い…』

『お…にい…ちゃ…ん』



イタチは、その叫び声が耳に纏わりつき、耐えきれなくなり……


「うぅ…ごぼっ」


口から2回ほど嘔吐物を出して、ハァハァと息切れをする。

息を整えて改めて地下に視線を注ぐ。

直視したくない光景にどうしても目がいってしまう。


「これは…なんなんだ」


動揺と苦悶の色を露わにするイタチ…。

苦痛のあまり吐き捨てた言葉に答える様に、背後から声が聞こえてきた。


「珍しいな。この草原の魔の妖香に惑わされない【魂(オーブ)】をみるのは…」


咄嗟に振りかえると、漆黒の衣装を身に纏う男性がいた。

若干青みがかった黒色の長髪、翡翠色の切れ目…誰もが目を止めてしまう程の容姿だ。

イタチはその男性を目にして全身が痙攣する程の衝撃を受けた。


(なんだ…このチャクラはッ!)


背筋に痺れが走り、全身を瞬く間に支配していく。

見る見るうちに精神までも深淵の奥へ浸食していく…巨大な【闇】。

男性は、身動きの取れないイタチに視線を向けず、屈んで紅色の花を一輪抜き取る。



「ここは『魂縛の草原』。生前何かしらの理由で、願望を叶えられず…

あるいは心半ばにして命を終えた魂が集う魔の領域だ」


「…なら、この魂は…」


「この草原に咲き誇る花々は『麻勾朱』。

かぐわしい匂いを放ち、その花粉は幻覚をもたらし、魂はそれに快楽を覚えてしまう…。

極楽に近い絶頂を味わい、それに溺れてしまった末路は…

花々の【餌】として未来永劫の苦痛と地獄に突き落とされる」



いうなれば、魂を養分として喰らいつくす食魂植物。

無念な魂は、甘い誘惑に乗せられてしまい…奈落へ足を踏み入れる。

楔に捕らわれてしまい、終わりのない…永遠の牢獄に縛られ続ける。

まさに負の連鎖だ。



「その反面、この花は天界では薬の材料として重宝されている。

魂を吸い取る魔花でありながら、魂を救う術になる…。

フッ、皮肉な構図だ」



右手で麻勾朱をグシャッと握りつぶす男性。

侮蔑に満ちた瞳で冷笑を浮かべる

…その表情に背筋が凍りつきそうになる。



「お前は理不尽な人生を歩んだようだな。

里の者達は勿論、一族からも真の願いと苦痛を分かってもらえず…

たった一人の弟さえも最後まで、お前の真意を理解できなかった。

後の世まで【罪人】のレッテルを貼られ、屈辱的な痕跡のみが語り継がれる…。

憐れな奴だ」



何故、この男は自分の過去と素性を知っているのか…皆目見当がつかなかった。


「……そうかもしれない。だが…」


イタチは拳をきつく握りしめ、徐に立ち上がる。

己の力量では到底敵わない相手だと分かっていた。

けれども……男の言葉にどうして一つだけ言い返したい事があった。



「己が『裏切り者』と不名誉な肩書きが残ろうとも…

俺は『俺が歩んできた人生』を否定するつもりはないッ!」



確かに、他人から見れば不遇な人生だった。

誰一人、自分の思いを理解してもらえず、【一族】と【故郷】を失い、周りは信頼できる者などいない

…孤独な境遇だった。

這い蹲って、泥水を啜りあげる惨めな気持ちになる事もあった。


けれども、【故郷】を守るために…

平和を保つために…

そして弟が歩む未来のために…

その活路を開く事が出来た。


それこそ、イタチが人生を賭けて叶える事の出来た夢であり、軌跡でもあるのだ。

人生を否定される事は、すならちイタチ自身が命をかけて紡いだ【道】を否定される事をも意味する。

だからこそ…イタチは、男の言葉に反論した。


仮に、此処で魂が消滅しようとも構わない。

自分の生き方を証明できるなら…この男に一矢報いてやる覚悟だ。

武器は何もない…自分の限られた能力のみだ。



「ほぉ、面白い…。かかってこい」



男は挑発的な笑みを浮かべ、人差し指をくいくいっと動かす。

イタチは、写輪眼を発動させたまま、標的に向かって疾走し、拳を振りあげた…。





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