裏・御伽草子

□【6】月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ
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デミックスは声を振り絞り、ありったけの大声をあげると、ひたすら走る速度を加速する。

リエは、若干目尻に涙交じりである音楽青年に…穏やかに微笑み、こう呟く。



「ありがとう…デミックスさん」


「うぅ…もし、もし無事に此処から生還出来たら、美味しい料理を御馳走して!

勿論、大盛りでぇえええ!!」



デミックスが必死で駆けていく中で、帰還後の報酬内容を言う。

リエは、目をゆっくりと閉じて「はい」と返答した。

そんな二人の会話をよそに、追跡者はどんどん近付いてくる。


「あっ、ヴァンス…」


リエがポツリと呟いた通り、既に、デミックスの真横にヴァンスが並ぶようにいた。

「ひっ…」と怯えた声を漏らし、デミックスは恐怖で顔を引き攣らせる。

危うく足が躓きそうになったのを間一髪踏みとどまる。

その隙をつき、ヴァンスは廻り込んで二人を阻止するように前方を遮る。


「覚悟は…できているんだろうな」

「ひぃいいい! やっぱりこわいぃいいいい!!」


大泣きしながら、首をブンブンと振りまくるデミックス…。

だが、思いもよらぬ援護が現れた。



ヒュッ――――



ヴァンスの頬をキラリと光る物体が掠める。

タラリと頬から滴れ落ちる血…。

ヴァンスはそれを指先で拭いとると、目を細める。



「……リーシェ」


「すみませんね…父さん。

姉さんとの約束がありますから」



娘から突きつけられた一言に、ヴァンスはククッと口端を吊りあげる。



「さすがは、俺の娘…。

俺に似て自らの意に素直だ」


「フフフ、だって姉さんの半分ですから。

貴方にも似て頑固ですから」



二人が口々に言い合うその言葉の節々に、皮肉ともとれる感情が込められている。

彼らの間に漂う空気は、なんとも形容しがたい威圧感でピリピリしている。

次の瞬間、デミックスの横を疾風の如く通過するリーシェ。

彼の耳元で「はやくにげなさい」と囁く声が聴こえた。



  カキンッ、カキン!



少し遅れて、前方を見ればリーシェとヴァンスが互いに刃を交えていた。

デミックスは、ジリッと足先の角度を変えると、戦闘真っ盛りの廊下を避けて、別の方向へ走りだす。

障子を半ば取り外す様に、バッバッと片手で開けていき、必死に退路を確保して通っていく。


「デミックスさん、もう抱きかかえなくていいですよ。私も走れますから」

「うっ…でも、じゃっ、じゃあ離れないように手を繋いで急ごう!」


リエの提案に乗り、彼女をおろすと手を繋いで全速疾走を再開する。

広い屋敷を走り回る途中、リエは一瞬、ある気配に気が付き、足を止めてしまう。


リエが歩を止めた事で、デミックスは危うく床と背中がくっつきそうになったが…

どうにか持ちこたえる。



「リエりん、途中で止まんないでくれよ! 危ないから!」

「すみません、デミックスさん。ちょっとこの部屋が気になって…」


正確に言うと、この部屋の中に居るだろうある人物という意味だが。

デミックスが、サッサと首を素早く左右に振り、追手がきていないかチェックする。



「……なるべく早くしてくれよ…。

ハッ、もしも中に居るのが敵だった場合は…!」


「大丈夫ですよ、この中に居るのは…」



口元に弧を描き、障子をスッと両手で開ける。

二人の視界に入ったものは――――


「ロクサス!」

「よかった…無事で」


布団に横たわり、スースーと寝息を立てるロクサスだった。





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