裏・御伽草子

□【6】月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ
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リーシェは、リエの背中に描かれた契約印に渋い顔をする。


「どう…? まだ4分の1だけなのだけど…」

「あー、この印を消すのはなかなか厄介ですね」


「そこをなんとかできない? りっちゃん先生!」

「先に言っておくと…デミ助、お前は黙ってごろ寝してなさい」


リーシェは「お願い、リエりんを助けて〜!」と何回もしつこく懇願するデミックスに苛立ち、

ピシャリときつい言動を浴びせる。


そのきつい言葉に、るぅーと涙が一直線上に顔を伝いながらも言う通りにするデミックス。

上下関係のピラミッドでは、断然リーシェの方が上なのだ。



「ところで…リーシェ。

どうして、私が此処に居ると分かったの?」


「ん? ああ…それはですね」



リーシェ曰く、父からの注文の品である治療薬を届けにきたようだ。

3日前に、追加分の薬があると言われ、急遽、その種類を聞くために訪れた際に…

ヴァンスと秘書のイタチの密談を目撃したのだ。

その会話内容から、リエに本式契約を行うと分かり、姉と相談したうえで、助けに来たのだと言う。



「…もしかして、コゼットも来ているの?」


「あ〜、さっき父さんと遭遇しました。

現在進行形で【説得】兼【手合わせ】していますよ」



うっかり忘れてましたと言わんばかりに、あっけらかんとした態度で思い出したように呟く娘。

リエは、ふぅと息を漏らしつつ、片手を額にあてる。

次女の証言から、長女と夫が激しく口論(長女が説教口調で、夫はふてぶてしい態度で)をしている光景が

目に容易くみえるようだ。



「気にしなくていいと思いますよ。

コミュニケーションの一環ですよ、コミュニケーション」


「そうかしら…」


(えっ、コミュニケーションになんの!

違くない!?)



口で異を唱えたいものの、相手が恐ろしいゆえに、心の内で大声で突っ込む音楽青年。

なおかつ、ウサギ娘の言葉で納得しかけているリエ自身にも「それ違うから!」と横から言葉を挟みたい。



「…ん〜、本格的に解除するには、上から反対呪印を重ね合わせるしかないですね。

デミックス、そこらに筆とインクがあるか探しなさい」


「えっ…」


「早くしなさい…という意味が分からないのか? お前は」

「はっ、はい〜!!」



リーシェの被っている仮面の瞳がギラリと猛禽類のように、怪しく光る。

お面は草食動物なのに、その不気味さと威圧感は、まさに獰猛な肉食動物そのもの。

デミックス自身が、か弱い草食動物の位置に立たされてしまう。

探索に乗り出す時間の早さは、ざっと0.001秒…。

身の安全のために、発動した火事場の馬鹿力は、まさに絶大と言えよう。


必死にその物があるか否か、周辺を探し出すデミックス。

同じく、リエとリーシェも、それらしきものを探すが…何故か見つからない。


「おかしいな…。さっきは、机の上にあったはずなのに」

「母さんが目を離したすきに、どこかにしまわれたという可能性は…?」


リエは、口元を手で押さえつつ考える。

その後ろにぽてぽてと可愛らしい足音をたてながら、さくたろうが両手である物をかかえて隣の部屋に行こうとしている。


「あ…」「あー!」


リーシェとデミックスの声に、リエは「えっ…?」と反射的に声を漏らしつつ、背後に視線を向けた。

さくたろうが、ピタッと一瞬だけ歩を止めて三人と目が合わさる…。

冷や汗をたらりと流すと、ちょこちょこと足早に移動を再開した。


「さくたろう君」


しかし…すんなりとリエに抱きかかえられてしまった。








「さーて、母さん…ジッとしててくださいね。

デミ助、お前はその子を離さないように捕まえときなさい。

こっちは見るなよ」



リーシェが、筆をクルクルと指先で巧みに回しながら、布団に仰向けに横たわるリエにその筆先を向ける。

背中に刻まれた契約呪印を、ヴァンスが記した方向とは、逆向きになぞる様に筆を走らせていく。

彼女らから一定の距離を置いて、後ろ向きに正座しているデミックス。

リーシェの氷柱に似た鋭い言葉に「ひっ…!」と小さな悲鳴を上げつつ、

ジタバタと逃れようとするさくたろうをかっちりと両手で固定している。


「うりゅ〜」とウゴウゴと暴れるさくたろうに、デミックスは「こらっ、暴れるなよ」と小声で囁く。

リーシェが手際良く呪印を解いていく中、リエはふと何者かの気配を察知する。



「あ…この気配は…」


「えっ、気配!? うそ、うそでしょ!

もうラスボスそこまで来てんの!!」



リエの言葉を聞いて、デミックスはサァーと顔面蒼白でパニック状態に陥るが、間髪いれず枕がとんできて彼の頭に命中する。



「黙っていなさい。

さもないと…その口を縫合して二度と開かなくしますよ」



苛立ったような口調で、リーシェは作業を続けようとするが…サッと足を立ち上げる。

デミックスは、彼女が怒ってこちらに来るとのかと思い、自分を庇うように両手で顔をガードする。

リーシェが、指先にメスを構えると、ヒュッと投げつける…。

そのメスは、デミックスの顔の隣を通過して障子に突き刺さる。


「そこにいるのなら、さっさと出てきなさい」

「不躾な挨拶の仕方だ」


その声とともに、障子が細々と切り崩される。

閉ざされた障子が取り除かれ…デミックスの言うラスボスが登場した。



「なーんだ、やっぱり父さんでしたか…。

姉さんは?」


「俺の代わりに、イタチが相手をしている」

「ふーん」


(あわわわわわ…ラスボス来ちゃったよ。

どうしよう、どうしよう…マジでどうしよう!?)



淡白な家族の会話が飛び交う中、デミックスはさくたろうを両手でホールドしたまま、ザザザと座ったまま後退する。

リーシェがいたおかげで、どうにかこちらに注目していない状況だが…

何時、刃を向けられるか分からない。



ピンチである事に変わりないのだ。

逃げる? 戦う? 命乞いする?

それらの選択肢がデミックスの脳裏をグルグルと回転していく中で、彼を落ち着かせる声音が聴こえてくる。


「デミックスさん、落ち着いてください」


不意に隣を見れば、毛布を身に纏うリエがいた。

夫と娘の間で、火花が散らしている状態でもいつもの調子を崩していない。

デミックスは「リエり…」と名前を出しそうになるが、唇に人差し指を押し当てられる。


己の唇にもう片方の手の人差し指をあてて、シィーと静かにするようにというジェスチャーをする。

デミックスは少し頬を赤らめながらも、小声でリエと向き合う。



「デミックスさん、お久しぶりです…単刀直入に言いますね」

「なになに?」

「今すぐ、逃げてください」

「へっ?」


「他の二人は…もし、ヴァンスの手により捕まっていたのなら、私がなんとかします。

だから…貴方は此処から逃げてください」


「で、でも…リエりんは…」

「大丈夫ですよ。私はこういう状況に慣れていますから」



リエはそう言うと、ちらりと近くにある障子に目配らせする。

再度、夫と娘の方をみると、彼らは沈黙したまま互いに睨みあうように覇気を放出しあっている。

こちら側に関心が向いていない、今が好機だ。

障子をスッと開けると、小声でデミックスに助言する。


「二人が互いに牽制し合っている今がチャンスです。さあ、早く…」

「…分かった」


そう言うと、デミックスは、さくたろうを下の畳に半ば放り投げる形でおいて立ち上がった…

…リエを横抱きにして。


リエはその行動に「えっ…」と意外そうな表情で、デミックスを見上げるように視線を向ける。

その時…デミックスは背後にゾクッと冷気を感じ取る。


「誰の許可を得て、妻をかどわかすつもりだ」

「おい、誰が…母を連れ出せと言った?」


振りかえる事無く、デミックスはリエを姫様だっこした状態で、そのまま部屋を飛び出し、疾走しだした。


「デミックスさん!」


名前を呼ぶリエの声に応答するように、デミックスは自らの行動について口を開く。



「俺はさ…厄介で面倒くさい任務は大嫌いなんだ。

今回のだって…くじで決まって…さっきまで逃げる事ばかり考えてた」



若干、口元を引き攣らせ、背後からの追跡者たちへの恐怖を全身で感じつつも、

それを拭いとりたい一心で叫ぶように言葉を続ける。



「基本的に、俺は弱いから…マジでこんなとこから逃走したいよ。

でも…でも、逃げるなら…リエりんも一緒じゃなきゃダメだ!

今、一人で逃げたら…ロクサスとレクセウスが折角作ったチャンスが無駄になる!

一生後悔する、他の奴らに合わす顔がないよ!」





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