裏・御伽草子

□【6】月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ
5ページ/9ページ



「いけ! 早くせねば、【彼女】が…」


レクセウスは、アックスソードを片手に構え、白ピヨが繰り出す拳(正確には丸っこい羽)を食い止める。

そうだ、忘れていた…。

このまま、ヴァンスが本式契約を完成させたら…リエは、機関に戻れなくなる。

二度と、自分達と会えなくなってしまうかもしれないのだ。

デミックスは、震える身体を叱咤して、踵を返し、仲間が作りだした《道》を走り出した。


「おめえらぁああ、その若僧を逃がすなぁあああ!」


白ピヨの大声に、散らばっていた多数のピヨ達は、規律を正すと命令通り、一斉に逃走したデミックスを追撃していく。

レクセウスは、それを細目で見つつも、目を白ピヨへと向け、交戦を繰り広げる。


「これで思う存分、戦えるだろう…お相手つかまつる!」

「グラララララ! 全力でかかってきな!」


高らかな笑い声が木霊し、庭の池に波紋を広げる。

レクセウスは、アックスソードを構え、疾走する…

…己の心を震わせる強敵と互いの《力》をぶつけ合わせる。


――――大地を轟かせる地響きが鳴り響いた。




◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇




その頃、藍色の長い髪を揺らしながら、ヴァンスは屋敷の廊下を歩いていた。

しかし、常人の徒歩よりも、遥かに速い速度で移動している…最早、超人並だ。

そんな彼に忍び寄る白い影――――それらが、鋭い手先で背後…いや四方八方から襲い掛かってきた。



――――パシッ、バシッ



その刺客を指先一つ動かす事無く、消滅させた。


「……煩いねずみ風情が」


取るに足らない存在に目を向ける事無く、廊下へ進む。

ふと、歩を止めて前方を静かに見据える。


「シュヴァルツか…」


口から紡がれた名に反応して、黒い霧が発生し、シュヴァルツが姿を現す…。

同時に、彼女の足元には瞼を閉じてぐったりと倒れている少年がいた

――――ロクサスだ。



「ディアスよ…寵妃との契約は済ませたのか?」


「4分の1はな…。

だが、ネズミどもが煩い所為で、作業がはかどらん。

…何故、鍵使いのそいつが寝っ転がっている?」


「この影から生まれし子は、私に刃を向けた…それにこたえるのは必然の事。

結果は言わずとも分かるだろう」



シュヴァルツは淡々とした口調で、ロクサスとの戦闘時の出来事を語る。


倒れているロクサスの顔色は思わしくない

――――シュヴァルツから流れる負のオーラが、彼の身体には毒なのだ。

ヴァンスは、倒れているロクサスを片手で抱きかかえると踵を返した。



「ご苦労だった…契約の儀を再開する」


「ひとつ警告しておく…。

この者以外に、あと二人、寵妃を狙う輩が先へ行った」



振り返る事無く「助言感謝する」と言い残し、ヴァンスは闇の回廊へと姿を消す。

主が去った直後、シュヴァルツも黒い霧へと変化し、拡散した。





リエは、隙間風に身体を身震いさせる。

ヴァンスが退室してから、大分時間が経過した。

契約の途中であったため、彼女は毛布を身体にかけているものの、現在進行形で一糸纏わぬ姿だ。


「うぅ〜、寒いな…」


もう少し、厚い布団は無いだろうか。

毛布一枚だけだと、寒さは軽減できるには物足りない。

それに気付いたさくたろうが、押し入れにトコトコと駆け出していく。



「リエさん、ちょっと待ってて下さい。

僕が布団を取り出すから…うりゅ〜!!」



押し入れを開けた途端、多くの布団がばさりばさりと、地盤が緩んだ山で雪崩が起きたように、落ちてきた。

さくたろうは、その雪崩に巻き込まれてしまった。


「さくたろう君、大丈夫!?」

「うっ、うりゅー、たすけて〜」


布団の隙間から、ポフッと顔を出し、ウゴウゴともがいて助けを呼ぶさくたろう。

リエは「大変…!」と言いながら、起き上がると布団の下敷きになっているさくたろうの救助にいく。


何重にも重なった敷布団を両手でずらしていく…

数分後、ライオンぬいぐるみは無事に生還を果たした。



「ありがとう、リエさん!

危うく窒息しそうになっちゃった」


「どこか痛い所はない? 大丈夫?」



心配そうに尋ねると、さくたろうは「だいじょうぶ!」と両手で万歳して元気な姿をアピールする。

ホッと胸を撫で下ろして、リエはさくたろうを両手で持ち上げようとした…瞬間だった。

ドタバタと些か煩い足音が、耳に入ってくる。

リエは、サッとさくたろうを片手で抱き上げると、畳に落ちていた毛布を引っ張って、身体に身につける。


足音が徐々に近くなる…。

さくたろうを両手に抱いたまま、月明かりで薄らと見える外の木々のシルエット…。

その中に、人型のものがあらわれた。


「うぁあああーん、リエりーん! どこぉおおお!」


聞き覚えのある青年の声と、その映し出された影…。

なにやら、多数の小さい物体が彼に纏わりついている…。

まさに死に物狂いで逃走しているといった方が適切だろう。


だが、その途中で足元を滑らせてしまい重力に従い、障子目掛けて倒れてきた。

期待を裏切らずに、見事、障子を突き破り、その部屋に傾れ込んだ。

その人物を目にして、リエは目を大きく見開く。


「デミックスさん!」

「あっ…」


髪や服のあちこちを、ピヨ達に突かれつつも、リエの声を耳に入れるや、畳に打ちつけた顔をむくっとあげる。

ようやく…念願の…一番会いたかった人物に出逢えた!

瞳をウルウルとさせながら、ガバッと立ち上がり、途中でよろめきながらもリエの元へ駆け出していく。


「リエりーん!」


両手を広げて、呆然と立ち尽くしているリエに抱擁を求めようとしたが……

あと少しという距離で地面に前のめりに倒れた。


「母さん、大丈夫ですか?」


ウサギ仮面が、手刀をかました事で。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ