裏・御伽草子

□【6】月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ
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レクセウスは、片手に荷物を担ぐ様に、デミックスを持ちあげたまま、向かい来るハートレスを武器で倒していく。


「ぐあっ、レク…せうす、止め…マジで酔う〜」

「我慢しろ、余計な事は喋るな!」


あまりにも、全速力で走る上に、片手で抱きかかえられているため、

グラグラとジェットコースターさながらの浮遊感と疾走感……

顔面蒼白となり、今にも口から熱い物を出しそうな状態だ。


だが、今は休んでいる暇などない。

――――おそらく、あの女は3人束でかかっても敵わない相手だ。


指導者やヴァンス…彼ら以上に濃度の濃いこの世のすべてを凝縮した《負》

―――マイナスの力が全身から満ち溢れていた。


ロクサスも気の察し方が不得手なデミックスでさえも、それは否応にも察知できたはずだ。

ロクサスが、足止めしているものの、おそらくあの女を倒す事は難しい。

…それならば、なおさら任務の目的であるリエを奪還して、ロクサスを応援しなくてはならない。


レクセウスは、鬼気迫る表情で走る足をさらに加速させる。




――――ブゥ〜、ブォオオオオオ―――




移動の最中、耳元に法螺貝の鳴る音が聞こえてくる。



「すんませーん…レク先輩。あの法螺貝の音なんでしょうかー!?」


「……できれば、俺の推測が当たってほしくないが…

大方、侵入者がきた事を知らす警報だろう」



肩からおろされ、必死で走るデミックスは…先輩のその言葉にあははは…と苦笑いする。



「マジで…いやいやいやいや、大袈裟だよ。

だってさー、そんな…ヴァンスの仲間って、俺の知る限り、あの赤目忍とマセガキと

さっきのクールなモデルさんの少人数じゃない?

そんな…これ以上の仲間なんているわけがないよ〜」



全力で、仲間の推測を否定したがる音楽青年だが…

数秒後、それがあっさりと覆される結果になる。


長い廊下から眺められる庭の草木や茂みの隙間から、キラリと黄金色に光る数多の視線が、二人に突き刺さる。

ガタリ、ガタリと機械音が鳴る様に、首をその方向へ向けるデミックス。

レクセウスは、やはりと自らの勘が当たったと察し、その《もの》に威嚇するように鋭い気を放つ。

その気迫に卒倒したのか、光る目がいくつかは消えたものの、"それら"は二人に目掛けて

わさわさと擦れる音を立てながら向かってくる。


彼らの前に立ちふさがったのは――――


「はぇ?」「むっ……」


ふさふさした毛並みの無数の丸い雛の群れだった。

あまりにも可愛らしい容姿とは裏腹に、その雛達はぴぃーと唸るような声を出し、鋭い目線で、二人を睨みつける。



「……あのさ〜、ピーちゃん達…此処から先、とおしてくんないかな〜? 

…ってうわっ!?」



冷や汗を流しつつ、にっこりと友好的な笑みを浮かべながら、道をふさぐ雛達に声をかけた瞬間、

彼らは一斉にデミックスに襲い掛かった。


身体のあちこちに張り付いた雛達は、小さな足で、デミックスの足元を

ケシケシッと蹴ったり、頭や頬、手足を突く攻撃を仕掛ける。


「ダァアア――! ちょっ、やめてくれ…いたいたいたいっ!」


雛達はレクセウスにも同様の攻撃を繰り出すものの、あまり効果がないようだ。

レクセウスは、パッパッと張り付く雛達を払いのけると、仲間を攻撃する雛達も摘まんで、床へと落としていく。

だが、彼らもそれに負けじと必死に、二人にしがみ付き、突く…その繰り返し。


「なんなんだよ〜、このヒヨコ共! 俺達に恨みでもあるのかよ!」

「いや…俺達が部外者だからだろう」


デミックスは小さな標的に腹立たしさのあまり、足で踏みつけようとするが、雛はそれを素早くかわす。

あまりにも、攻撃が当たらないため、雛達はデミックスを小馬鹿にしたようにピピッと吹き出すような仕草までする。

むきーと顔を沸騰させ、モグラ叩きをするが如く、標的を踏もうと躍起になる音楽青年に、レクセウスは「やめろ」と諌める。


「目的を履き違えるな…我らは『彼女』を奪還する事だ」

「…あっ、そうだった! 急がないとリエりんが危ない!」


レクセウスの言葉により、我に返ったデミックス…

未だに張り付く毛玉の軍勢を無視して、その場から駆け出そうとした。


だが…次の瞬間、物凄い地響きが鳴り響く。

二人が、バッとその地響きがする庭付近に目をやると、薄らと暗い奥の木々から、薄らとその【もの】が姿を現す。

ドシン、ドシンと地を覆すくらいの足音を響かせ、近づいてくる。

雲に覆われていた月明かりが、暗闇から俄かに光を照らし、それによりその姿が、二人の視界に明確に刻まれる。



「ぴぃぃぃいい!」


「ギャ――!! でっ、デカぁああッ!」

「大物が来たな…」



【大物】――――まさに、そう呼ぶにふさわしい。

彼らの目の前に現れたのは、巨体のレクセウスさえも軽く身長を超えた巨大な雛、もとい【ピヨ】だった。

まっ白な毛並み…後頭部にバンダナらしき布を巻き、威風堂々とした雰囲気を醸し出している。


魂が具現化する場合、生前、人型の姿を形成するためには、仕える神族や魔族の力を借りるか

…もしくはそれ相応の訓練を積まなくてはならない。


大抵の者は、全体に負荷をかけないように、掌サイズの雛…《ピヨ》となるのが一般的だ。

……このピヨはその常識を覆していた。

薄らと瞼を開け、標的の人物達に視線を向ける。

目が合うや、デミックスは「ひぃいいッ!」と怯え声をあげる。

レクセウスは…少し息をのむものの、そのピヨと目線を合わせ、腕を組んでジッと動きを警戒しながら観察する。


「ピィ、ピピピッ…ピピピ(よぉ、若僧ら…そんなに俺が物珍しいか)?」

「……大型のピヨは初めてお目にかかる」

「えっ、あれっ? レクセウス…誰と喋ってんの??」


突如、レクセウスが《誰か》に対し言葉を返す。

周辺に潜んでいるのか…とデミックスは左右首を動かして、探してみるが、全然それらしき人影は見当たらない。

すると、頭によぎった可能性として…目の前に佇む巨大生物にゆっくりと目を移す。



「まさか…こいつと話してんの!?」

「ああ…」


「いや、だって…さ、『ピピピ』って鳴き声しか聞こえないんですけど!?

どうやったら、人語に脳内変換できるんだよ!」


「ピィピィピィ、ピピピィピピピイ(グララララ、そっちの鼻たれ小僧は、俺の声が分からねぇみてぇだな)」



白い大きな雛が、憮然とした面持ちでデミックスをみる。



「すまない…ピヨの言語を解するのは、我々でも苦労するのだ」


「ちょ、ちょちょちょ…ちょっと待てよ! 

何その会話、もしかしなくても俺の事、馬鹿にしてる!?」


「ピー、ピピピィ。ピピピ(まあ、仕方がねぇだろうよ。お前さんが気にする事はねえ)」



白ピヨの同情の言葉に、レクセウスは「面目ない」と謝罪を口にする。

デミックスは「えー、なんだよ!」と双方を見比べ、慌てふためく。


「ところで…てめえらは、この先にいくつもりか?」

「む…」

「人語喋れるなら、最初からそれ喋ってくれよ!」


デミックスが、人差し指を白ぴよに向かって指差し、吠えながら突っ込む。

白ぴよは腕(正確には羽)を組んで、目を細める。


「グラララ、此処を通すわけにはいかねえな」

「……そうか」

「あ〜、もう! やっぱりそうなるのかよ〜!」


話し合う前に、互いの交渉への道は、断念する形となってしまう。

会話の直後、すさまじい覇気がビリビリと周囲に拡散し、空気を揺るがす。

その覇気に、危うくデミックスが顔面蒼白で、倒れ込みそうになったのを、

レクセウスが「しっかりせんか!」と渇を入れる。


「…戦場を潜り抜けた猛者であるとお見受けする」

「グラララ、おめえらよりかは、修羅場を経験してんのは当たっているなぁ」


白ぴよは、その巨体を空高く跳躍させ、地面に急降下する。

彼が着地した瞬間、凄まじい振動が伝導する。

そのレベルは…もはや震度4ぐらいの勢いだ。



「悪いが、あいつとの契約を守らにゃならねぇんだ。

久々に馬が合いそうな奴と出逢ったってのに…」



残念で仕方ねぇ、と言葉を続け、白ぴよは切なげにレクセウスを見つめる。

その眼差しに、レクセウスは少し目を見開くと両目を閉じて口元に弧を描く。


「奇遇だ…。俺も…そう感じていた」


両者の間に、【闘争心】という名の焔が静かに灯った。

二人が如何にも「是非、お手合わせ願いたい!」という表情が浮き彫りになっている事に気付いたデミックス。

「マジですか―――!」と双方を見比べて、さらに顔面を滝汗で濡らす。



「デミックス…先にいけ」


「えぇぇえええ!!

ちょ、待ってよ! 俺一人だけで行けって言うの!?」


「逃げても、この者は我々を追いかけてくるだろう。

…時間はあまりない。

ならば…どちらか一人が目的地へ進まねばならん」


「ムリムリムリムリッ! ラスボスなんて、俺にはハードすぎますよ!」



ウルウルと涙目で訴えるデミックスに、レクセウスは首を後ろに回して呟く。



「お前なら…できる!」



カッと目を大きく見開き、どういう根拠で導いたか分からないその言葉を力強く言ったのだ。

デミックスは両手を頬に当て「なんでやねーん!?」という叫びを心の中でエコーする。

ここに、彼の苦手な雷属性の【彼女】がいたら「なに、あんたいつからムンクになったのよ?」とぼやくだろう。





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