裏・御伽草子

□【6】月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ
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「それでは……本式契約の儀【誓約術式】を始める」


まっ白な布団の上に、うつ伏せで横にされたリエ。

月明かりにより、背中の地肌の白さが、一層増して見える。

その声を合図にヴァンスは、その背中に【誓約術式】の契約呪印を刻み始める。


契約呪印の手順は、まず魔法円から描きだす。

単に、線を引いて円を作るではなく、タイプの異なる古代文字を組み合わせていく事で円を描いていくのだ。


また、その古代文字の組み合わせは、その対象者の体質に合うように、スペルを一文字ずつ慎重に正しく記列する必要がある。

一文字でも、間違ってしまえば、最初から描き直さなくてはならない…。

…まさに、知力と集中力…何よりも根気強さが必要な作業となる。


描く際に、使用する筆は2タイプ。

細い筆、極細の筆を巧みに使用する事で、より契約呪印の効果を高める魔法円を仕上げられる。

その魔法円を描く際に使用するインクは、用意した特殊な薬草で煎じた液体。

筆に、そのインクをたっぷり染み込ませ、リエの背中に筆先をつける。



「楽にしろ…。

さくたろう、そこにある雑誌を捲ってやれ」


「うりゅ! 分かりました」



リエが緊張しない様に、アシスタントに選んだライオンのぬいぐるみ、さくたろうが両手で女性用の雑誌を開く。

リエは動けない状態なので、さくたろうが立ったまま、頁を開いていく。

魔法円が完成しても、次にその円の中に術者であるという証拠を示す【生命印】を記さなくてはならない。


その際は、所持するインクに…その術者の血液を少量まぜるのだ。

生命印を刻み終え、魔法陣を完成させたら、術者が契約成立の呪文を唱える。

それにより、その対象者――――リエとの【本式契約】が正式に成立するのだ。

肝心のリエはというと、さくたろうがペラリと捲る雑誌を楽しそうにみていた。


「さくたろう君、ありがとう」

「うりゅ、まだまだ雑誌は沢山あるよ」


視線を黄色いぬいぐるみの背後に移すと、束でまとめられた雑誌の山が目に入る。

口では言わないが、他人に対し、自然な気遣いをする所がヴァンスの良い所だ(気に入った人物限定だけれど)。

筆が、背中をすぅーと撫でる様にあたるため、正直に言うと擽ったい。

思わず、動きそうになった時、すかさずヴァンスがぼそりと呟く。


「…動いたら…朝まで寝かさんぞ」


含みのある言い方に、リエは頬を少し赤らめてしまう。


「うぅー、動かない様に心掛けます…」

「別に動いてもいいぞ。その分、後の楽しみが増える…」


ククッと笑いをこらえながら、筆先を器用に動かし続ける夫に、リエは顔を隠すように、布団に埋めた。





その頃――

――屋敷の外では、暗部の服装を身に纏い、いつも通り狐の面をつけているイタチと、

動きやすく武装したイオンの姿があった。



「そちらの方は…」


「今の所は大丈夫…

…でも、既に【奴ら】は到着しているみたいだ」



イオンが、闇に慣れるために閉じていた両目をゆっくりと開ける。

カサッと木の葉が擦れる音が聞こえる…。

イタチは、瞬時に手に暗具を構え、イオンは拳を広げた片手にパシッと軽く打ちつける。


「くるぞ…」

「さっさと終わらせよう!」


二人の声が合図となったのか、周囲から大量の白い生物――――ダスクの群れが出現した。

ランダムな動きで襲い掛かって来る下級ノーバディ達に、二人は地を蹴って駆け出して行った。


「始まったか…」


一旦、作業を止めて手を休めていたヴァンスが呟いた言葉に、リエは首を傾げる。

作業を中断しているので、リエは普通に起き上がり、身体の前を白いシーツで隠している状態だ。


約1時間くらい、動けない状態が続き、さらに空気が乾燥しているので、自然と喉が渇く。

適度な水分補給のため、主の指示で、さくたろうは丸いお盆にオレンジジュースを入れたカップを運んできた。


「うりゅ、どうぞ召し上がれ」

「ありがとう」


リエはふぅ、と息を漏らすと、コップを手に取り、新鮮なオレンジの果汁で喉を潤す。

その背中には――――4分の1完成した魔法円が刻まれていた。

傍で手を休めつつ、同じく水分補給をする夫に視線を少し向けると…

どうも、辺りを警戒しているためか、ピリピリしている。


「少し席を外す…」

「どうしたの?」

「すぐに戻る…あと逃げるなよ」


思い立ったら吉日。ヴァンスは即座に立ちあがり、その部屋から出ていく。

ぽつりとその場に残されたリエは、小さいぬいぐるみのさくたろうと目を合わせる。


「何かあったのかしら?」

「うーん…僕はわかりません〜」


首を傾げるさくたろう…。

リエは、彼を両手で持ち上げると、膝元にちょこんと乗せる。

ニコリと笑みを浮かべて呟く。


「折角だから…ヴァンスが帰って来るまでお話しましょうか」

「うりゅ、そうですね!」


ただ、ジッと待ち人を待つだけではつまらない。

破壊者の妻は、可愛らしいぬいぐるみと暫しのお話タイムに花を咲かせることにした。





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