裏・御伽草子

□【5】First contact《差しのべられた手》
2ページ/3ページ



僕は、徐々に【ある事】が気になってきた。

それは…自分の運命について。


導師として、このまま一生この生活を続けなくてはならないのか…。

次の後継者となる導師が、現れるのはいつ頃なのか…。

不安と重圧感から、僕はとうとう意を決してある預言を詠む事にした。



――――【秘預言(クローズドスコア)】



ローレライ教団の中でも、導師と上層部以外は重要機密とされ、多くの者が存在すら知らない預言の集大成。

ローレライ教団のある本拠地のダアトから、その秘預言の置かれているザレッホ火山まで移動した。


これは導師としての仕事の一環だ。

大丈夫…自分の記述のある個所を詠むだけで終わらせれば…。

この決断が――後の僕の人生を左右する事になるとは夢にも思わなかった。



「そんな…」



その秘預言の記述を見て、僕は頭の中が真白になった。

そこに記されていたのは――――



『導師、12の月日を巡りし時、崩御する。

以後長き季節を繰り返せど、新たなる導き手は現れず』



なぜ、僕は此処に来てしまったのだろう。

なぜ、預言(スコア)を詠んでしまったのだろう。

来なければよかった…見なければよかった。

僕が…僕が…12歳になれば死んでしまうなんてッ…。

一生知らなかった方がマシだった!




◇◇◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇◇◇




それ以来、僕の視界に映る風景は全て灰色ばかりになった。

僕の心境を知りもしない幹部は、僕に預言を詠むように急かすばかり…。



『イオン様、この子の一年の預言を詠んでください』


――――嫌だ…。


『イオン様、預言を教えてください』


――――なんで…。


『イオン様、民衆が預言を待ち望んでおります。どうか預言を…』


――――うるさい…。



『イオン様』

『導師イオン』

『預言を』

『預言を…』


うるさい…うるさい、うるさい、うるさいッ!

どうして、皆、預言ばかり頼るんだ!

なんで、あんな恐ろしい物を有り難がるんだッ!

お前達は、預言なしじゃ生きられないのか!?

お前達は、預言があれば、他には何もいらないのか!?


くだらない…くだらない、くだらない…

僕の周りにいる全てのモノがくだらないッ!

皆…預言にすがる民衆も、預言を崇拝する信者共も…お前らは人間なんかじゃない

―――『ガラクタ』だ。


預言なしでは何もできない…

【預言】という燃料なしでは動く事さえできないガラクタ…。

ガラクタ…ガラクタ、ガラクタ

――――この世のすべてはガラクタなんだッ!

  



『イオン様…預言が憎いのですか?』


その男は、僕の胸中を理解した初めての…いや唯一の存在だった。


『ともに預言を滅ぼしませんか?』


そいつは、また預言により己の人生を狂わされた哀れな男…。

僕と同じく預言の恐ろしさを知り、預言を憎む…

いわば――――【同志】。



『この世界に蔓延る害をなす【毒】を一斉に浄化するのです

…私に策がございます』



ヴァン・グランツ

――――真の名前は【ヴァンデスデルカ・ムスト・フェンデ】。


かつて、マルクト帝国の領土のひとつであった【ホド】の貴族の家系

…ローレライ教団の礎を作った始祖『ユリア・ジュエ』の血を受け継ぐ子孫。


己の内に秘めた願望を叶えるために犠牲も厭わない強い信念、

野心に満ちた獣のようなぎらつく瞳…。


僕はその時…ある種の高揚感を覚えた。

自分以外に、預言を否定する存在に巡り合えた事を…

自分の空虚な心に【光】を呼び出した男に…希望を見出したのだ。


そうだ…この世の全てはガラクタだ。

ガラクタはガラクタらしく…壊してしまえばいいんだ。

そう、ヴァンは僕に最高の機会(チャンス)を提供してくれたのだ。

ならば…僕はその誘いに応じよう。



「―――いいね、僕は何をすればいいんだい」



この時の僕は、多分悪魔のような笑みを浮かべていたと思う。

それに、満足そうに忠誠の誓いをしたヴァンも同類だけど…。

この出来事を契機に…僕は只の理解あるお利口さんの【導師】を捨てて、新たな存在に生まれ変わった。

【預言(スコア)】という名の呪縛を生み出し、【導師】という名の呪いを与えたこの憎むべき世界を壊すための【復讐者】へ。





【復讐者】と成り代わった僕は、ヴァンを含める一部の協力者とともに、《計画》をつくりあげた。


――――《計画》


それは憎むべき預言に記された戯言を覆すための一歩…

…『僕』の身代わりを作る事だった。


マルクト帝国に【死霊使い(ネクロマンサー)】の異名をもつ軍人がいた。

その軍人が、ある目的のためにつくりあげた物質を複製する技術……『フォミクリー』

長年、その軍人と研究を重ねてきた科学者…ディストの助力もあり、その技術は生物を生み出すレベルにまで達していた。


僕は、『フォミクリー』により、身代わり…【レプリカ】を次々とつくりあげていった。

復讐劇のシナリオをつくった同志であるヴァンには、見返りとして主席総長の地位を与えた。

ディストにも、六神将の地位とフォミクリーの研究推奨という、それ相応の褒美を与えてやった。


無論、表沙汰にならないよう秘密裏にその計画を遂行していった…。

それが、無気力だった僕にささやかな活力を与える糧にもなった。

表向きは、従来通りにガラクタどもの生きる肥しを与える【導師】として……

裏では、預言と世界の破滅を進める【復讐者】として……

僕は、巧みに二つの仮面を使い分けていった。



そんな二重生活の中でも、良い事はあった。

それは…『アリエッタ』との出会いだ。

彼女は、幼い頃、【ホド崩落】に伴う大災害で両親を亡くし、魔物に育てられた過去をもつ少女だった。


はじめて、彼女と出会った時…彼女はロクに言葉も話せず、獰猛な獣のように僕の腕に噛みついた。

預言も知らない…ただの魔物同様に純粋に生きる事だけに執着するその姿勢に…僕は興味を抱いた。


僕は、アリエッタを【ペット】として傍に置く事にした。

僕の心を満足させたご褒美として、言葉を教え、美味しい食事を与えてあげた。

徐々に懐いてくるアリエッタ…。

純粋に僕の思い通りに育っていく彼女の姿に、思わず口角をあげてしまう…。


そして、人並みに言葉を話せるようになったアリエッタに導師の護衛役【導師守護役(フォンマスターガーディアン)】の地位を与えた。

彼女は純粋に僕に従ってくれる…。

僕の事を『導師』ではなく、ただの『イオン』として普通に慕ってくれる…。


あの時は気付かなかったけれど…僕は…アリエッタが好きだった。

全てが灰色にみえる世界を、鮮やかな色に染めてくれた…大切な『存在』だったんだ。





そして…運命の日は訪れた。

僕は、ヴァンを含める側近たちに遺言を残した。

生み出された『レプリカ』の七体目に、僕は地位を譲り渡すこと……。

そして、アリエッタを【導師守護役】の地位から解任すること……。

僕の身代わりなんかに…彼女を譲り渡すつもりはなかったから。


そして…僕は…静かに人生に幕を下ろした。

  



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ