裏・御伽草子

□【4】未来に繋がる邂逅
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「!…なんで俺の名前を」


「夢は、現実とは非なる世界に属している。

それは各個人の絶対的領域に値し、その領域を生みだした本人がその空間の支配権を所持している。

すなわち、所有者の領域に他者が無暗に足を踏み入れば、防衛機能が活発化し、侵入者の持つ情報を

故意に入手するのも不可能でない…という事だ」



男は律儀にその理由を解説する。

身体についた木屑や土を手で払いながら、ユーリはなんとなく自らの置かれている状況が分かってきた。



「要するに…この夢の空間はあんたの領域で、俺は知らない間に入り込んでたって事か」


「ククッ、なかなか察しのいい若造だ」

「…褒められても嬉しくねーよ」



完全に、子ども扱いしているその態度に、ユーリは不機嫌そうに言い返す。


「大体、俺をガキ扱いしやがって、あんただってそんなに変わんねーだろうが」

「外見で人を判断するのは、まだガキだっていう証拠だ。若造」


ユーリは悟った。

この男は…自分を試している、いや暇つぶしのからかう対象にしているのだと。

面白くない…この男がこの場を支配している事も含めて。


ユーリはふと、地面に転がっている先の衝撃で折れてしまった太い木の枝に目が止まる。

ちょうど、剣の練習用の代役にふさわしいくらいの長さだ。


「へぇー、そんじゃ…あんたは一体いくつなんだ?」

「そう易々と教えると思うか?」


男の挑発に、わざと乗る様に質問した。

案の定、男はその問いかけにのってきた。


「そうかい…なら…」


その言葉の続きを補うように、風属性の衝撃波が男の頬を斬る。

ユーリは太い木の枝を用いて攻撃を仕掛けたのだ。

男は、切れた頬から出る血を指で掠め取るとますます口元に弧を描く。


「さっきのお返しだ」

「……口よりも行動で示すか、単純明快だが・・・」


男が会話の途中で、闇に溶け込むように姿をくらます。

完全に消えた気配…その刹那、背後から微弱な違和感を感じた。


ユーリは、咄嗟に木の枝を構える。

その枝を押しつぶすように、漆黒に染まる日本刀の刃先がその枝の先端に食い込む。


「嫌いではないな」

「ハッ、あんたも人の事…言えねーな」


しかし、状況は圧倒的に不利だ。

相手の武器は、見た目からもかなり強力な剣だと推測できる…。

一方、自分のは今にも半分に切られる寸前の木刀紛いの代用品。

ユーリが窮地に陥っているのは…言うまでもない。


このままではまずい。

両手でその木刀を握る力を強くする。

その状況を静かに観察しながら、男は片手で握る刀で、刃先が喰い込んだ木刀をさらに強く押しつける。



――――…やべぇな、どうすりゃいいんだ。



良い打開策が思い浮かばない。

だが、ココで大人しく諦めるわけにはいかない。

こんな変な夢の世界で、会って間もない男に抹殺されるのはまっぴら御免である。


男は徐々に力を込めて、ユーリを追い詰めていく。

地面に片膝をつき、歯を食いしばりながら、木刀を必死で支える。

木刀はあと数ミリ程度で真っ二つに割れそうだ。

もはや万事休す…かと思われた。



その時…森の奥深くから獣の遠吠えが聞こえてくる。

すると、男はふとその声に関心を示す。



―――……やれやれ、またか



男にとっては、本日の招かれざる客2人目…

…いや1匹目となる。


徐々に大きくなってくる声。

その獣がこちら側へ近づいているようだ。

緊迫した状況下の中、ユーリはその声に耳を澄ました。



――――ワォオオオーン



その声は狼と言うよりも、犬の鳴き声に近い。

そして、その声音にユーリは聞き覚えがあった。


(まさか……)


森の木々がざわざわと音を立てて騒ぎ出す。

電光石火の如く、素早い動きでその獣は二人のいる場所へと姿を現した。


「ラピードッ!」


ラピード……ユーリといつも行動を共にしている愛犬だ。

その犬は宙高く飛び上り、高速回転しながら口元に咥えていたキセルで男の手元を攻撃した。

不意打ちだったのか、男は微かに顔をゆがめて、持っていた武器を吹き飛ばされてしまう。


その日本刀は空中で弧を描きながら、地面にザクッと音を立てて突き刺さる。

ユーリはそれを見計らい、地を蹴って男と一定の距離を開ける。

彼を心配してかすぐさま近寄るラピード。

まさか夢路で、愛犬に助けられるとは思わなかったユーリ。

柔らかな表情でラピードを撫でる。


「サンキュな、ラピード」

「見事な信頼関係だな」


男が感心したように呟いた。

ユーリは顔を険しくし、ラピードは男を警戒するように低く唸る。


この時、男は別の事を考えていた。

それはなぜ、この空間にユーリ…そして彼に縁のある者が入り込めたのかと。

通常なら、夢に他者が介入する事は、一部の者を除いて非常に難しい。

いや、むしろほぼ不可能に近い所業だ。


ましてや、自分の様な人外の存在の領域に侵入するなど神業に等しい。

それだけ、ユーリは数億円の宝くじを当てるくらい

…かなりの強運の持ち主と言っても過言ではない。



――――チャキッ



「ぼぉーとしてる暇はないんじゃねーか…おっさん」



他事を考えている最中に、首元にヒヤリとしたモノが触れる。

視界に入るそれに、男は目を大きく見開く。

口元に笑みを浮かべたユーリが、いつの間にか自分の落した武器を拾い上げて、それを突き付けていたのだ。





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