裏・御伽草子

□【2】魔法の言葉
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「ヴァンスー! あつい〜」


イオンはもう、うちわを仰ぐことさえ面倒になったようだ。

縁側で日陰部分でぐったりと倒れこんでいる。

ヴァンススは、寝っ転がっている部下を一瞥するも、そのまま作業を継続する。



「あ、今視界に入れといて、スルーしただろ!」

「……」


「何か言えよ!」

「……暑いなら氷食え」



ぼそっと呟くだけで、素気ない対応の主人にイオンは腹を立てる。


「氷だけで暑さは凌げないよ! クーラー買うべきだよ〜」

「……」


ゴロリと一回転して、ダルそうに唸っているイオン。

ヴァンスは、動かしていた指先をピタッと止め、作業を中断する。

すると、何を思いついたのか立ち上がり、パソコン画面を開いたまま、部屋から退室していった。


イオンは、渋い顔をして「バカヴァンス」と悪態をついた後、暫く沈黙して動かなくなる。

……無駄に動くと体力を消費するので、彼は何も考えずに大人しくする事にしたのだ。





2時間後…

…何時の間にか眠りについていたイオンを目覚めさせたのは、主人の声だった。



「起きろ」

「ぅ…んん、何?」


寝惚けているイオンは、不機嫌そうな表情で自分を見下ろすヴァンスを見つめる。

ヴァンスは表情を変えずに、イオンの首根を掴んで起こさせる。

勿論、それに対してイオンは文句を言おうとした時……



「ほれ…これが食べたかったんだろう」


彼がイオンの手のひらに乗せたモノ…それは【カップアイス】だった。

イオンは渡されたアイスを少しぼぉーと見ていたが、ハッとすぐにヴァンスに視線を移す。

ヴァンスは、薄ら笑みを浮かべながらイオンの隣に胡坐をかいて座っていた。


「……ありがとう」


顔を俯けて感謝の言葉を小さく呟いたのが、耳に入る。

ヴァンスは視線を外に向けている。

澄み切った青空が、茜色に染まりつつある…

…そろそろ夕刻に入る時期だ。



「喉乾いた…」

「何か飲みたいものいる?」

「麦茶、頼む」


さっきまで、ご機嫌斜めモードだったイオンは、ささやかな願望が叶ったおかげで

すっかり上機嫌になり、ヴァンスの要求を快く請け負った。


イオンが台所へ行った後、ヴァンスは縁側の光景を静かに傍観する。

暁色に完全に染まった空は、青紫色が滲みつつあり、そろそろ夜の段階へ準備を進めつつある。



『アイス食べたいな…』



氷に難色を示して、クーラーが欲しいと口に漏らしていたイオンの心の本音。

本音が、仕事中のヴァンスの耳元に聴こえてくるのはこれが初めてではない。


――――物心ついた時から、本人の意思に関係なく聞こえてくる周囲の心の声。

この能力の所為で、奇異な目で見られ、化物扱いされたのは言うまでもない。



『嫌……近寄らないで!』



親しい人間にそう言われた記憶が、今でも頭の中で疼く。





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