裏・御伽草子
□【1】遠い日の記憶
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あの世界で『生』を受けてから、魔女へ代償を払うまで――――
俺は【存在】を否定され、『幸せ』とは無縁の深い奈落の底で生き続けてきた。
…ただ唯一、妻と子どもと過ごした月日を除いて。
『あなた、おはよう』
『……おはよう』
…いつもの朝。
住み慣れた家の風景。
そして…目を開ければ、視界全体に映し出される妻の笑顔。
『今日は、お仕事ないのでしょう? ゆっくりと休んでくださいね』
そう言って、妻は朝食を作り始める。
開いた窓から差し込む陽の光が眩しい…。
未だに残る眠気の余韻を振り払いながら、徐に寝床から立ち上がり、台所へと足を進める。
机には、もう朝食が出来上がり、食欲をそそる匂いを漂わせていた。
『おとーさん、かみがぼさぼさー』
こんがりと焼きあがったパンにバターを塗りたくっている、まだ3つになったばかりの幼い娘。
トロトロとバターが蕩けて染み込んだパンを口を大きく開き、モグモグと食べる。
バターの量が多かった所為で、見事に口元は雪の様に真っ白に染まってしまう。
クスリと笑いながら、妻は手拭いで娘の口を拭いている。
『たくさん召し上がれ、ヴァンス』
俺が朝食を食べる時に、必ず口にする彼女の口癖。
既に妻の定番となった台詞。
…それは、平和で穏やかな一日が始まる事を意味する証拠。
――――この夢が覚めなければいい。
そうすれば…俺はあいつと共にいられる。
ずっと……
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