運命を覆すダイス

□第3章:交差する記憶と今
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私には、人生で大きな影響を与えた人物が三名いる。


一人目は、義理の父親であるタカさん。

この人のおかげで、私の骨組みは形成されたといっても過言じゃない。

あのゴミ山が溢れる町で、私を一人の感情のある「人」として育ててくれた恩人だ。

今でも、遠いどこかの星にいる義理の父の事を思い出しては、元気にしてるかな…と思ったりする。


二人目は、母であるリエ・クローチェ。

母はとても素敵な人だ。

私にとって…姉さんにとって…そして、多くの人にとって、暖かくて大きな陽だまり。

『闇』を拒絶せず、包み込んでくれる優しい【光】

母のおかげで、私は自分自身を素直に受け止められるようになれた。

…姉と同じく守りたい大事な人である。


そして…三人目は―――「あいつ」

かつて、私と姉の二人だけの秘密の場所…夢の領域に侵入した男。

毎回、づかづかと土足で入り込んでくる礼儀知らずの不届き者だ。

某特殊戦隊や仮面ラ〇ダーに出てくる雑魚キャラや三流の小悪党だったら、まだ幼かった私と姉でも撃退できた。

だが…残念ながらこの男はそうじゃなかった。

強い…強すぎるのだ。

魔を司る種族であり、幹部の地位にいる人物だった。


私はこの男を通して、様々な経験をした。

主に挫折、未知なる者への好奇心と恐怖。

そして…己の中に流れる特異なモノを自覚させられた。



『喉から手が出るほど欲しくなるまで熟したら…その時、存分に味合わせてもらう』



*** ***** ***



「リーシェ…」

「ん? 何?」

「…いや、元気がなさそうだな、と思って」


具合でも悪いのか、と心配そうに尋ねるユリウス。

安心しなさい、トマト野郎。

シュガースポットでビターテイストな子どもの頃の思い出が、記憶の引き出しから溢れ出しただけだから。


現在、私と患者のトマト野郎…もといユリウスはエレンピオスとは‟異なる場所”にいる。

私が『エンジェル・スチーマー』で生み出した空間を拠点に活動している、と言った方が正確か。


理由はユリウスの監視という名の保護のためだ。

私がこいつの『長期休暇』を苦労して勝ち取った事が、どうやら《あちら》は気に入らなかったようだ。

《あちら》とは言わずもながクランスピア社の事。

ユリウスが、組織の裏側を熟知している身分ゆえに『休暇を取る=反乱する要素あり』という解釈をしたようだ。


なんとも分かり易いブラック企業だ。

ユリウスはブラコンな呆れるほどのトマト愛好家だが、ああみえても普段から汗水たらして働いている勤続○○年の室長だぞ?

ほんの2,3年くらい休みをどーんととらせてやれよ。

そんなだといつか優秀な人材が大量流出してしまうぞ…というのが私の内心の呟きである。


ま、結論から言うと…クランスピア社にマークされているユリウスを匿う事にした。

こいつの事だ、躯殻能力を使ってルドガーを陰ながらフォローするに違いない。

私の能力で症状を治せたが、また再発する危険性もある。

それなら、主治医としてユリウスの近くにいる方がいいと判断して今に至る。


「はーい、今日の朝食だよ」

「あ…うん」


一応、同居する事になり、朝・昼・夜の三食を私が提供する事になった。

さすがに私に負担をかける事に引け目を感じたのか、ユリウスも食事を作ってくれた事もあったが…口に入れられる代物ではなかった。

それ以来、私が料理当番の役目を担う事になった。


「…リーシェにも子どもの頃はあったんだな」


ユリウスは意外そうな口調で呟く。


「そりゃそうですよ。初めからこの姿で生まれた訳じゃあるまいし…」


ノーバディとして誕生した当時の外見は6、7歳だったが、中身は生まれたての赤子そのものだった。

義理父が育てなければ、少なくともこの場にいなかっただろう。

ちなみに、ユリウスには私の出生と複雑な家庭環境について話済みだ(実父の詳細はぼかしておいた、あの人の事を語るとややこしくなりそうだから)。


「君は…家族に恵まれたんだな」

「…うん。我ながらそう思う」


ユリウスの言葉に、私は瞼を軽く瞑って同意した。

私の境遇を幸か不幸かととるかは、人それぞれによって異なるだろう。

だけど、私は自信をもって「自分は幸せ」だと主張できる。


「俺は…どうなんだろう」


ユリウスは落ち着いた口調で自問自答する。

視線を落とす彼の目に寸の間、悲しみが宿った。


「貴方には弟がいるでしょう」

「…そうだな」


目に光が戻ったが…不安定さがある。

弟であるルドガーは彼にとって希望であり、支えである。


「…ルドガー」


だが、同時に…贖罪の対象でもある。

彼は叔母であるルドガーの母親に手にかけてしまった。

彼が犯した罪を、腹違いの弟は知らない。

いや、その当時の記憶が抜け落ちている。

その事が、今でもユリウスの心の中で瘡蓋になる事無く、生々しい傷跡となって残っている。


(…もしも、ルドガーの記憶が戻ったら、ユリウス、貴方は…どうする?)


あくまで仮定の話だ。

世の中には知らない方が幸せな事だってある。

けれど…それで本当にいいのか?

永遠に過去の真実を伏せるか、それとも…白日のもとに晒すべきか。


(いずれ…選ぶ事になるだろうな)


どちらの選択をするのか…?

それは、ユリウス自身が決めなくてはならない事だ。




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