運命を覆すダイス
□第2章:長期任務の幕開け
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「お待たせ」
リゾットは、リクエストの飲み物を完成させると、テーブルやソファーに座るルドガー達に渡していく。
「おいしー!」
「うまみ〜」
オレンジで一からつくったフレッシュジュースに舌鼓を打つエルと、リンゴジュースをストローでむぐむぐと飲むふーちゃん。
ルドガーはカプチーノを飲むと、「お、うまい」と感じた。
以前、友達とコーヒー専門店で同じものを注文した事があるが、それよりも少しマイルドな味わいだ。
どちらかといえば、このカプチーノの方が味が好きかもしれない。
「雛って、ジュース飲めたっけ?」
首を傾げて何か解せない、という風にシンが零した感想。
シズクと向きあうように座っている彼の視線は、テーブルの真ん中付近にある、カップの中にいるあの金色の毛並みの雛に向けられている。
雛は、まったりした感じでカップにいれられたブドウジュースでぷかぷかと浸っている。
時折、小さな嘴を動かして美味しそうにそれを飲んでいるのだ。
「気持ちいい?」
「ぴぃー」
「“ごくらくごくらく”って言ってるね、きっと」
シズクは呑気に、雛の会話を代弁している。
あのまったりとした雛の様子を見る限り、ルドガーもなんとなくそう思えた。
「和やかになりましたねー…」
マキアートを飲み終えたリーシェが口を開いた。
ハッとルドガーは持っていたカップを静かにテーブルに置いた。
「ルドガーさん、訊きたい事があるでしょう? お先にどうぞ」
要件は簡潔にね、と予め注意を促す事も追加して言う。
ルドガーは一呼吸置くと、意を決して言った。
「兄は…無事でしょうか? 今、どこにいるんですか?」
立て続けに二つ質問をしてみた。
まどろっこしい前置きなんて不必要だと彼女が言ってるのだし、シンプルかつストレートに言ってみた。
その問いに対して、リーシェはポリポリと仮面越しに頬を掻く。
「…ユリウスさんは至って元気ですよ。健康面は問題ない」
一つ目の回答を聞いて、ルドガーはホッとした。
その情報は彼にとって何よりもの朗報だった。
しかし、リーシェは仮面越しであれ気難しそうな雰囲気を漂わせている。
「私が、貴方を呼び出したのはまさに二番目の質問をしたかったからですよ」
「えっ…!」
「その様子だと、貴方の所にも姿を見せてなさそうだな…ったく、あのトマト野郎め。折角、直談判して長期の休みをぶんど…ごほんごほん、とらせてやったのに…。
私の苦労を無にするつもりか…」
会話の途中から、リーシェはブツブツと愚痴を漏らす。
ルドガーとシン、エルは嫌な汗を流しながら、圧倒されてしまう。
仮面をつけているけれども、彼女の表情は容易く想像できてしまう…おそらく、般若の形相だろう。
「すみませんね。お役に立てずに」
「い、いえ…こちらこそ兄が…すみませんでした」
なんだか、申し訳なくなって謝ってしまった。
「謝らなくていいです。非があるのはトマト野郎…いやお兄さんの方じゃないっすか」
「は、はぁ…」
「一応、失踪する前に見た診断は健康面は問題なかったんで…まあ、『無茶するのは控えろ』といっつも忠告して無視してんのはあっちですけど」
「す、すみません…」
ルドガーは二度目の謝罪をしてしまう。
リーシェとは、あの列車テロで刹那邂逅しただけで、会話を交わすのは今日が初めてだが…我の強さにたじろいでしまう。
温和なリエとは全く異なる性格だ…誰に似たんだろうか。
しかし、リーシェの言葉が事実だとすれば、兄は随分と身体を酷使していたようだ。
健康面は問題ないと言われても、兄が無茶し続けていたら…と考えると気が気ではない。
「あの…」
「ん、なんですか?」
ルドガーが質問し終えたのを見計らい、シンが小さく手を挙げた。
「ドクター・クローチェ…いや、『リーシェ』と呼んでいいかな?」
「……お好きにどうぞ」
「リーシェ。聞きたい事があるんだが…君は、カナンさんとは随分前から知り合いなのかい?」
ルドガーもまた、その点が気になっていた。
あの列車テロの時は、二人はそんな雰囲気を微塵も出していなかったのに…。
「そうですよ。だって、カナンさんは私の弟子だし」
「はい…?」
「リーシェさんは、私の武術の師匠なんです」
「「「ええっ――――!!」」」
リーシェとカナンが交互に答えた事に、ルドガーとシン、エルは驚愕する。
「あ、あの…あのテロの時は、あんまり会話してなかった…ですよね?」
「状況が状況だけに、悠長に話してる暇なかったじゃないっすか」
しれっと即答するリーシェ。
反論すらできない御尤もな理由に、ルドガーは「そ、そうですね…」とぎこちなく笑うしかない。
「それにしても…レアですねー」
「…? シズク君。どういう意味だい?」
「エクレシアが三人揃ってる”なんて、なかなかないし…」
シズクが真顔で言った発言に、ルドガーとシンは「はい!?」と吃驚した顔を揃って彼女へ向けた。
「ねぇねぇ、シズク! エクレシア三人いるって…どーいう事!?」
彼らの驚きを代弁する形で、エルが素直にその言葉を口にした。
飲んでいた紅茶をティーカップに置くと、シズクは不思議そうに小首を傾げる。
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