裏・御伽草子
□【12】勧誘される者達
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※【少女の決断】の続き
*** ***** ***
リエが屋敷の離れに住み始める様になって早一か月が経過した。
軽くあったつわりもなくなり、食事の量も増えてきている。
今は、運動がてら庭の掃除をしている。
縁側で読書しているヴァンスは時折、視線をリエの方へ向けている。
(今の所、逃げる気配はない…か)
妊娠したのを契機に、ヴァンスはリエをほぼ強制的に囲い込んだ。
以前からそんな事をしょっちゅう繰り返していたが、リエはその都度、隙を突いて上手く逃走してしまう。
いっそ監禁してしまおうか…という物騒な思いが胸にちらつく事もなくはないが、
次女に「やめた方がいい」とクギを刺された事がある。
『そんな事したら、そこらにいる自己中で頭が花畑の阿呆と同レベルになります。
銀髪の「ゼ」のつく者共みたいにならんでください』
次女の言う通り、あの男共と同列にされるのは大いに不愉快だ。
冷静に考えたら、家の中で縛り付ける事でストレスを与えたら、
妻にとっても腹の中にいる子にとっても悪影響にしかならない。
縁側でじぃ…とリエの後ろ姿を観察していたら、こちらに気付いたのか箒を振る手を止めて振り返った。
「なあに?」
「…別に」
そう返すと、リエは微笑すると「そうですか」と簡潔に返事をしてまた作業に戻る。
栗色の長い髪が陽の光に反射して、輝いている。
風でふわりと舞うそれに自然と目がいく。
「ヴァンス?」
妻は箒を止めて首だけ後ろに向けると、いつのまにか背後にいた夫の名を呼ぶ。
背中を支えるように両肩に手をかける彼に、くすりと笑う。
「どうしたの?」
「なんとなく…こうしたくなった」
そう言いながら、後ろから妻を抱きしめる。
そう、とリエは拒絶する事なく頬を緩ませる。
首筋に唇を寄せると、くすぐったいとクスクス笑われた。
「平和だな」
何気にその一言を呟くと、リエは瞼を閉じて小さく頷く。
「…ずっと、こうしていられたらいいのに」
リエは囁かな願いを口にする。
それが実現するのが困難な事は、彼女自身が一番自覚しているのに…。
「…さっさと俺のもとに下ればいいだろ」
「できていたら楽なんですけどね」
リエは微苦笑して持っていた箒を手放すと、向き直ってヴァンスの頬を撫でた。
「“この子が生まれて落ち着くまで”は、貴方の傍を離れませんよ」
しっかりした口調で、リエはそう答えた。
やはり、物事はすんなりと上手くいかないものだ。
人間だった頃であれば、彼女は迷う事無くこの手を取っただろう。
しかし、今は違う。
互いに敵対関係にある『二柱』だ
楽な選択をとる事だって一つの手段だろう。
だが、そうすれば多くのものを失ってしまう事をリエは理解している。
だから、彼女は敢えて苦難の多い選択をとる。
(…お前はそうやって、何度も俺の手を振り払ってきた)
喉から手が出る程、ほしくてたまらない。
そんな彼女を縛り付けるために、あれこれと仕掛ける事すら愉悦に覚えてしまう。
グリードから時折、『普通の女なら百年の恋が冷めてしまう男』だと評される。
その発言を聞かされても、ヴァンスは皮肉な笑みを浮かべる。
…間違っていない。
地下で、人には到底言えない行為をしている。
それが己に宿った闇を安定化させる儀式だとしても、他人が見れば異常な光景に見えるはずだ。
「ねぇ、ヴァンス」
「…なんだ?」
「お昼は何がいいですか?」
妻は穏やかな笑みで、今日の昼の献立を訊いてきた。
胸中に渦巻くこの感情に勘付いているのか、それとも見えぬ振りをしているのか…
「…白飯に合う、濃厚なモノがいい」
「なら、お肉にしましょうか。
いい豚肉をさっき、イオン君が買ってきてくれたの。
『豚肉の生姜焼き』はいかが?」
…どちらでもいい。
今は、この暖かい空間に入り浸りたい。
「それでいい」
「ご飯は大盛りですね」
「…ああ」
ほんの少しでも、リエといられるように…
一秒でもいいから、彼女との記憶を残しておきたい。
「リエ」
「はい?」
「明日、買い物に行くか?」
「ふふっ…ありがとう」
腕の中にいる妻とたわいもない会話をしながら、ヴァンスは暫しの安らぎの時間を満喫したのだった。
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