裏・御伽草子

□【11】少女の決断
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※【雨の日の吉報】の続編




*** ***** ***



「暫くお世話になります」


リエの妊娠が判明するや、ヴァンスは早急に手を回した。

娘やエクレシア達、13機関、その他の勢力がこの情報を入手しているか否か使い魔に探りを入れさせる。

リエは、報告だけしてトワイライトタウンの家へ帰宅しようとしていたが、

ヴァンスは当然…



「此処に居ろ」


有無を言わさず、リエにそう言い聞かせて押し留まらせた。

トワイライトタウンにある必要なモノだけをサボっていたグリードと、ニューゲート(ピヨ)に取りに行かせた。

あれやこれやという間に引っ越しは完了し、リエは晴れて離れで住む事となった。



「おめでとう、リエさん」

「おめでとーございます!」



イオンとさくたろうがクラッカーを鳴らして、懐妊祝いをしてくれた。


「ありがとう」


二人だけでなく、この屋敷にいる人からも祝福の言葉を言われ、妻はとても幸せそうだ。

時折、まだ膨らみが目立たない腹部を撫でながら「よかったね」と体内にいる新しい命に囁いている。

そんな彼女の様子を後ろから眺めるヴァンスの眼差しは柔らかい。


普段の彼からは想像できないそれに、グリードが「天変地異の前触れだぜ…ありゃ」と

さくたろうにひそひそと小声で耳打ちする始末。

…その数分後に、ヴァンスの拳がグリードの頭に直撃するのはお約束だ。





一時間後、ヴァンスは離れで改めてリエと二人きりとなった。



「悪阻の方は?」


「今は大丈夫。

うーん…ご飯とか特定の食べ物の匂いをかぐとちょっと気持ち悪いかしら」



妻は幸いというか悪阻はそんなにひどいタイプではないようだ。

娘を妊娠していた時も、日常生活は変わらずに食べる量が増えた程度だったな…と
記憶が浮上する。


「この事、コゼットとリーシェには話したか?」

「いいえ…まだ」


リエは緩慢に被りを振ると、天井へ視線を上げる。



「リーシェは長い長い依頼を終えて休んでいますし…

コゼットは今、異世界へ渡航してるの」


「…あいつが?」



珍しい。

クロト=メグスラシルという一ヶ所の世界に長期に渡って留まり続けていたコゼットが飛び立った。

【異世界観察】へ向かった先は…コゼットが七度目に行った因縁深い世界だ。



「あの世界で、コゼットは挫折してしまいそうになった…

いえ、人生で最大の挫折を味わってしまったのでしょうね。

一歩間違えたら、カオス・クオーツになっていた…貴方みたいにね」



妻は語ってくれた。

十数年前に娘が七番目の異世界観察の舞台に選んだ世界の事を…。

そこで知り合い、親しくなった仲間や客、親友。

その親友の一人があるきっかけで仕えていた王家に反逆し、革命を起こし…それが原因で袂を分けた事。


さらに、消えぬ戦乱や貧困、あらゆる負の連鎖を目の当たりにしていったことで、

心が憔悴しきっていった事を…。



「あの時…あの子を必死に支えてくれたのが今の伴侶の方。

その人がいなかったら…と思うと、怖くて想像できない」



リエは当時の娘の心境を思い出したのか、辛そうに瞑目する。

妻から一通りの事情を聞き、ヴァンスは眉を深く寄せた。


(ああ、だからか…)


妻にはまだ話していないが…

三週間前、その娘は不意に来訪した。

それまではほぼ絶縁状態で、会えば剣呑な視線を投げつけてきた…

あのコゼットがたった一人で、敵陣へ足を踏み入れたのだ。

リエと同じように、土産物を持参して。


今まで友好とは程遠い関係が継続していた所為で、ぎこちない空気が続いたが…

ある程度会話はできた。



『私は…まだ貴方を許す事が出来ない』


『でも…貴方には考えがあって…私達と敵対して、

何か意図があって活動しているのでしょう?』


『…だから、私はもう貴方との血の関係を否定しない。

もう一度、自分の在り方を見つめ直そうと思います』



あの時点で、コゼットはもう彼の地へ旅立っていた。

娘が此処に来た理由…それは過去と向き合うため。

娘にとって、自分は克服しなければならないモノなのだと改めて知らされた。


「コゼットがあの時のようになったら…」


妻が珍しく弱気になっている。

前例があるだけに、娘がまた同じ症状に陥らないか…懸念しているのだ。


「……信じてやれ」

「ヴァンス?」


「ヒトは底辺を味わう事で、ガラリと人生観が変動する。

無となって生きる屍となるか、腐った悪人に身を落とすか…

選択肢は千差万別だが、同時に見えていなかった己自身の器も自覚するきっかけにもなる」



お前にも経験はあるだろう?

そう問い返すと、妻は小さく頷く。



「一度地獄を見た者は、そのどん底から這い上がるためのハングリー精神が強くなる。

それこそ周りの関係の有無を問わずいるヒトを巻き込んでいく事さえも躊躇わんようにな」


「そう…『貴方』みたいにね」



リエがさりげなく指摘すると、ヴァンスはククッと喉を鳴らして笑う。


「あいつは…コゼットは俺に似ている」


夫の口から放たれた言葉に、リエは目を瞬きさせる。

「違うか?」と目で語ると、リエは緩慢に首を振る。



「ええ。好きな事には凄く集中するところとか、頑固なところとか、あと…」

「あと?」


「誰よりも、好きな人が傷つくのが怖くて、その人を守るために強くなろうとする向上心が強いところが一番そっくり」



リエは微笑してそう断言した。



「…なら、俺の言いたい事は分かるだろ」


「そうですね…あの子は貴方と私の娘ですもの。

絶対に…大丈夫ですね」



妻が気に入っている台詞を口にした。

自信を取り戻した様子に、ヴァンスは満足そうに口元に弧を描く。

すると、リエはあっ…と閃いたようにピンと人差し指を立てる。



「そうそう、寂しがり屋さんなのにそれを素直に認めずに強がるところも似てますね」

「………」

「フフッ、図星をつくとじんわりと渋い顔になるところもいっしょ」



それから、笑って娘との共通点を容赦なく言っていく妻の口を手で軽く塞ぐのは1分後の話。





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