裏・御伽草子

□【9】観察する女神
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シュヴァルツ

――――【虚無と混沌】を司る女神

人間の不安、憎しみ、嫉み、怒り、哀しみ…負の感情を糧とする【存在】


“彼女”には善悪の区別はない。

「人」と言う生き物は、感情があるゆえに欲望と争いが巻き起こる。

ゆえに、「存在自体していなければ苦しむ事はない」

だから、無に返す事で全てが解放されるという自身の理屈を掲げている。


そのため、対をなす【存続と繁栄】司るを女神

――――グリューネとは数多の世界に降臨するたびに死闘を繰り広げる運命にある。



シュヴァルツは誰にも縛られる事はなかった。

その【存在】を知る者もごく少数であり、彼女を手中に入れようとする術者もいなかったからだ。

――――【ヴァンス・F・クローチェ】が現れるまでは…。



◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇




その日、隠れ家の主は不在だった。

その主の書斎にて、イオンはさくたろうとともに本を読んでいた。

本棚から片っ端に色んな書物を抜き取って読み漁っているようだ

…床にその証拠が山積みにされている。


「おいおい…お前ら、何ちらかしてんだよ」


部屋の襖をあけて、グリードが呆れたように言う。


「うるさいなー、後で片付けるからいいだろ」

「うりゅ、グリードさんも読みます?」


さくたろうが両手で絵本を差し出すと、グリードが片手でそれを受け取る。

パラパラと絵本の頁をめくりながら、退屈そうに欠伸をしていると、イオンが「あっ」と声を漏らす。


「どうした、俺好みの大人の絵本でも見つけてくれたのか?」

「違うよ。煩悩まみれのどっかのホムンクルスじゃあるまいし…」

「へっ、いってくれるじゃねーか…元導師様よぉ」


青筋を立てながら、ククッと薄笑いをするグリード。

その傍らにいるさくたろうは、彼から溢れる殺気にガクガクと震える。


「僕が見つけたのはこれだよ」


そんな殺気に臆することなく、イオンが持ってきたのは…二つのキーチェーンだった。

ひとつは、古代文字が花弁に書かれている小さな二つの白ユリのもの。

もうひとつは、濃い青色の魔法陣に…その真ん中の星の中心に黒色の結晶石がはめ込まれているものだ


「うりゅ〜、マシュマロ愛好家さんと黒い女神様だね」

『うん♪ 正解だね。…でも、名前で言ってほしいな〜』


可愛らしいデザインのキーチェーンが淡い光を放つ…その声音は若い男性だ。

その声を耳にしたグリードは、眉を顰めながら不機嫌そうな表情になる。


「チッ、雑音が聞こえやがる」

『ふーん、帰ってたんだね。グリード』


「名前で呼ぶな…白蘭。反吐が出るぜ」

『ハハハ、僕も呼び捨てで名前で呼ばれるとムカつくかな〜』


「グリード、そいつは無視したら? 相手にしてたらキリがないよ」

『…ククッ、ムカつく子だ』


イオンが白けた目で、そのキーチェーン化している白蘭を机の上に乱暴においた。

すると…もう一つのキーチェーンを掴んで声をかける。



「シュヴァルツはどう思う? このムカつくキーチェーンのこと?」

『……』


「おーい、シュヴァルツ。無理しねーで文句のひとつをたれてもいいんだぞ」

『……』



イオンやグリードの声に、シュヴァルツは何の応答もしない。



『フフフ、しゅーちゃんは君たちとは仲良くしたくないんだよ』

「うっせーよ、白髪(しらが)男。てめーには聞いちゃいねぇ」


「鬱陶しいから黙ってろよ。

ヴァンスのお情けで救われた落ち武者風情の分際で、エラソ気に…」


『ごちゃごちゃとうるさいな…。

僕が本気だしたら君らなんて一瞬で灰にする事もできるんだよ…屑共がッ』



まさに一触即発の空気が出来上がった。

険悪な雰囲気の二人とキーチェーンの構図(?)を後ろでガタガタと怯えながら見守るさくたろう。

すると…次の瞬間、持っていたもう一つのキーチェーンが強く輝きだした。





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