裏・御伽草子

□【8】「強欲」の帰還、波紋呼ぶ情報
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三月になっても、朝夜の時間帯は空気が冷たい。

ヴァンスは、欠伸をかくと書物を机に置いて敷いていた布団に入った。

枕に頭を預けて、天井を見上げながら瞼を閉じようとした…が――――



「ヴァンス」



真夜中に突如襲来した訪問者により、眠気が一気に吹っ飛んでしまった。

訪問者…もとい侵入者は円らな瞳の猫の仮面を被っている。

全身を真黒な衣装…闇夜に紛れても目立たない装備は万端だ。


後ろ手にまとめている長い白髪に、若干高めの若年層の声音。

その愛らしい仮面とは不釣り合いに変わった形状の杖をヴァンスの顔面スレスレに突きつけている。

ヴァンスは開けた目を細くして、その侵入者に一言…。


「何しに来た、お前は…」

「大人しくしてくださいね」


侵入者の正体は――――

仮面をつけていてもバレバレだった。





【「強欲」の帰還、波紋呼ぶ情報】





「…で、用事は何だ? リ…」

「私の名前は猫仮面です」


ヴァンスは、胡坐をかいて侵入者の名前を呼ぼうとした。

…が、侵入者はパッと手をかざして紡ごうとしたその口元を制止させた。


「じゃあ、猫仮面…何の目的で不法侵入してきた?」

「不法侵入した事は丁重に謝罪いたします」


正座をして恭しく頭を下げる猫仮面。

素直に謝るのか、律儀な奴めと内心突っ込みたいが、

敢えて口に出さずに目を細めながら猫仮面を見つめる。



「今回…貴方に聞きたい事がありますので、大人しくしてください」



謝罪した後、手持ちの杖をヴァンスの首元に突きつけた…。


「フッ…力づくで尋問する算段か」

「貴方の回答次第です」

「そうか……」


猫仮面の背後に人影があり…。

天井からぶら下がるように出現したのは――――狐の面を被ったイタチ。

猫仮面を背後から攻撃しようとしたが、彼女がもう片方の手に持っていたナイフで暗具を受け止められてしまう。


「イタチ、手は出すな」

「……御意」


主の指示に同意するや、イタチは素早く姿を消した。


「…さて、ヴァンスさん、貴方にお伺いしたい事があります」


改めて、猫仮面はヴァンスと視線を合わせる様に正座した…片手で杖は構えたままで。


「貴方は…ここ何年かの間に数十単位の世界の【ルート】を開きましたか?」


猫仮面が、真剣かつ低めの声音で尋ねてきた問いかけ。

【ルート】とは―――本来ならば交わる事のない世界と世界を繋げる事が出来る特殊な交通手段のこと。

キーブレード使いやグミシップ、闇の回廊等の別世界を渡る方法が確立されているが、

ほとんどの人がその術処か、異世界の存在すらを知らない。


だが、特異的な術の使用者が己の目的のために異世界移動をする際に、ごく稀に異世界間を繋げてしまう現象が起こる。

それにより、出来てしまった【ルート】は特殊な力を持たない普通の人でも行き来が可能なのだ。

しかし…それが原因により、一部の人々が異世界にさまよってしまったり、事件に遭遇したりする。

中には、欲のために悪行をおかしてしまうケースもあって、【ほさ部】の青猫等がその対処に苦心する事も少なくない。


「真偽を教えてください、ヴァンス…」


若干不安そうな感情が声にこもっている。

ああ、こいつは…なんてお人好しなんだ。

昔から、自分よりも他人の事を気遣う性格なのは変わらない。

まあ、そういう彼女の優しさに惚れたのだが…。



「期待に添えず残念だが…俺はそんな事をした覚えはない」


フッと不敵な笑みを浮かべて返答した。

それを聞いた猫仮面は、ホッと胸を撫で下ろす。


「安心しました…」

「じゃあ、さっさとその仮面を外してもらおうか」


安堵した彼女が被る仮面を取ろうとしたが…パシッと手を払われてしまう。



「ダメです。仮面をとられる事は自分の正体を晒してしまいます。

だから仮面は外せません」


「とっくの昔にバレてるぞ。リ…」

「猫仮面です。けして貴方の知人ではありません!」



どうやら猫仮面時は、本名で呼ばれるのは嫌なようだ。

ククッと喉で笑いながら、ヴァンスは彼女をおちょくる。


「ほーら、素顔をみせたまえ、猫仮面」

「もう、やめてください!」


ヴァンスは仮面をグイグイっと引っ張ようとするが、猫仮面は外されない様に必死に攻防する。

二人の様子を襖の隙間から眺めているイタチとイオン…そしてさくたろう。



「……イオン」

「えっ? なに?」


「台所にいってお夜食をつくってこい。

さくたろうは…その手伝いをしてくれ」


「うりゅ?」

「どうして! あの侵入者を倒さないの!?」



イオンが焦る口調で反論するが、イタチがふぅと溜息をついて言う。


「あの侵入者は…奥方様だ」

「「え―――!」」


髪の色と声音が異なるため、二人は全然気付かなかったようだ。

イタチは、呆れ交じりの視線を襖の向こうで未だに攻防を繰り広げている主人たちに投げかける。


自分の攻撃をいとも容易く察知して、防御できる人物…。

最初は、てっきり新手の敵かと警戒していたが、遠目から二人のやり取りを見ていて杞憂に終わった。


「リエさん、どうして変装しているんですか?」


さくたろうが疑問符を浮かべて、小首を傾げる。

あくまで推測だが…

リエは素顔のままでこの屋敷に来た場合、二重の意味でまずい事になるからだ。


敵の陣地に普通に出入りできる事は、即ち敵と繋がっているのでは…と他の勢力に勘ぐられる可能性が高い。

そして…敵の総大将に見つかった場合、即効捕らわれるからだ。


(あの方の…奥方様への執着心は計り知れない)


通常時は、リエと死闘を繰り広げる程の対立姿勢をとっているヴァンス。

だが、本音は如何にリエを屈服させ、こちら側に引き入れるか…策を練っている。

ヴァンスは、何度か彼女を拘束して地下にある部屋で…《なにか》をしていた。


側近であるイタチですら、その部屋には入る事すら許されない。

隙を見て、リエは逃げ出すため…

どのような事が地下で行われているのかは二人以外、誰にも分からない…。



「イタチはどうするの?」

「…屋敷の周辺を見回ってくる」


そう静かに言うと、イタチは跳躍して外を巡回しにいった。





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