裏・御伽草子

□【7】霊光の祈念
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イタチが、主に頼まれていた物を異世界で購入し、隠れ家へと戻った直後だった。

玄関を入り、靴を脱ごうとしたら…

紅色の視界に、普段は見られない靴がきちんと置かれていた。


「……奥方様か」


瞬時にその来訪者を特定し、イタチはボソリと呟くと、足音を鳴らさずに家へと上がった。





【霊光の祈念】





この隠れ家に住んでいるのは、主のヴァンス以外でイタチ、イオン、エドワード、

それからキーチェーンと化している【存在】。


それから…無数のオーブの化身であるふわふわの雛たちだ。

ヴァンスの従事者・協力者は、神界が把握しているだけで、100人前後との見方だ。


しかし、実際は、その桁数を遥かに上回るかもしれない事を、イタチは知っている。

ヴァンスの右腕として動くイタチは、直にその目で、主の交渉を目の当たりにしてきたのだ。

イタチは、歩きながらポストに投函されていた書簡を一枚ずつ目を通していく。

彼は、忍の腕前もさる事ながら、秘書としての技量も申し分ない。



(ファントムハイヴ様に、モンキー様…

…暑中見舞いもたくさんあるな……ん?)



数々の書簡の差出人を確認していく中、ひとつ、妙な手紙があった。

【妙な手紙】――――それは、この屋敷の主宛ではないあまりにも普通なものだ。

差出人の名前を見た瞬間、イタチは…若干、目を見開いた…。


「……いまさら…遅すぎる」


哀しげな声で呟きつつ、その手紙だけ懐にしまうと、その他の書簡を渡しに行った。




◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇




「ヴァンス…」


開けられた窓から、サンサンと降り注ぐ日差しを青々とした植物が所々遮っている風景が見える。

リエは、この屋敷の主…もといヴァンスと向かい合わせで正座していた。

思想面では対立姿勢を崩していないが、プライベートでは普通に互いの住処に行き来する仲なのだ。


娘二人は、両親の事情を痛い位知っている。

長女は、未だに父親に複雑な思いを抱いているが、以前よりも幾分かは柔和な態度で接している。

次女は、「二人の問題でしょう」と傍観主義をとりつつ、両親の交流を見守る形をとっている。


だが、娘二人の内心は「さっさと復縁すればいいのに、じれったいな」と歯痒さを鬱陶しさを感じている。

娘二人の心情を、無論リエも分かっている。

……それでも、時の流れというのは無情だ。

近くに居るのに、なかなか昔の関係に戻る事はできない。


「このピザ、美味しいね」

「……そうか」


二人の会話の架け橋となっているが…

床に置かれている大皿のメイン、Lサイズのピザだ。


かどわかされたのは、昨晩の事だ。

リエは、トワイライトタウンのアパートの一室で寝息を立てていた。

ちょうど日付が変わる5分前に…鍵をしめていたはずの扉がギイッとなる音が聴こえた。

瞬時に起き上がり、近くにあったモップを手にして、侵入者を撃退しようとしたが……



『鼠が…』

『あぅ…リエりん〜。たすけてー!』



リエが目にした光景は…

勝手に入り込んだ知人の音楽青年(自前の忍服を着ていた)が地べたに倒れていた。

さらに、その倒れている彼を、片足でぐりぐりと踏みつけ、ギラリと猛禽類の睨みを利かせる夫の姿があった。



リエは、両手で持っていたモップをスルリと落としてしまった。

あまりにも、夢路の如くリアルな光景をみて導き出された憶測とは――――


@デミックスは、指導者の命令で自分を連れ戻しに来た。

A同じく、夫も用事があって侵入。

Bそのまま、鉢合わせしてしまい、夫が見事に別の侵入者を撃退。

…という一連の流れだった。


あまりにも、デミックスが可哀想に感じたので、すぐにヴァンスを止めに入った。

それを見逃さずにヴァンスは、リエにある要求を突き付けた。


「こいつを解放してほしいなら…こい」


リエは、嫌がる素振りも無く「はい」と二つ返事でその要求を受け入れた。

実際、こういう事は初めてではない。

機関員は、定期的にリエを探しにこのアパートを訪問している。

ぶっちゃけ、テレビの受信料の支払いを求める業者化している。


指導者は、リエにある程度配慮してか大抵は、女性であるラクシーヌかシオンをよこす。

だが、業務のシフトの関係で、男性陣の誰かが派遣される事も時々ある。

今回のその任務を請け負ったのが…デミックスだった。


まさか、怖れをなしている破壊神に出くわすとは夢にも思わなかっただろう。

恐ろしさの余り…気絶している音楽青年に憐みの視線を送りたくなってしまう。


そして、リエは夫に抱きかかえられて、屋敷へ直行したのだ。

そのまま寝床へ行き、それからは…

これ以上は言葉で言わずとも、状況で判断してもらいたい。



目を覚ました時には、既に一日の半分が過ぎていた。

何分、昨夜の静かなる騒動も重なってお腹の虫の音が響いていた。

リエの横で、その騒動のある種の当事者ともいえる夫は寝転がりながら、本を片手で読んでいた。


「食べたいものはあるか?」


パタンと書籍を閉じて隣の妻に質問をしてきたヴァンス。

翡翠色の瞳が、リエの空色の瞳と重なり合う。

少し頬を赤らめてしまい、目をそらしてしまうリエ。


「……」

「えっと……ピザが食べたいです」


ヴァンスは、無理に問い詰める事無く、妻が質問の応答をするまで待った。

少し遠慮がちに口を動かした妻の本日の第一声に、微かに口元を緩めた。

布団からいち早く抜け出すと、用意されていた服を着て「ゆっくりしていろ…」と呟き、リエの頭をくしゃりと撫でる。


襖を開け、一旦部屋を退出した夫。

数十分経過して、戻ってきた時には、その手に美味しい香りを漂わすピザを乗せた大皿があった。


「ツナとフレッシュトマトのピザ…好物だったな」

「…ありがとう」


好きなピザの種類を覚えていてくれた…。

そんな些細な事でも、女性にとっては嬉しいのだ。

それから、夫と二人でピザを食べながら、タイミングをとって会話を交わしている。


「最近は、どの世界に行きましたか?」

「そうだな、未開の地や既存の星…さまざまだ」


昔のような関係には戻れない…。

その代わり…新しい関係を築く事が出来る。





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