裏・御伽草子

□【6】月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ
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今宵の月は、何時になく怪しい青白い光を放っている。

ヴァンスは、隠れ家の縁側で日本酒を杯に入れると、それを口に含み、その味を堪能する。

ほんのりと口内に広がる甘み…サラリとした舌触り。


例えるなら、闇夜にひっそりと淡く咲き誇る一本の夜桜。

明るい陽の下で、満開に咲く桜とは異なる意味での儚さと美しさに彩られる。

ヴァンスは、数少ない星が散らばる夜空を見ながら、ボソリと呟く。



「……さて、続きをするか」



彼の視線は、景色から襖が半開きとなっていた奥の部屋へ移る。

そこには、敷布団が敷かれており、その上には瞼を閉じたヴァンスの愛妻が横たわっていた。





【月夜の舞台に、来訪者は騒ぐ】





リエが薄らと瞼を開けると、そこは見知らぬ場所だった。

視界にまず映るのは、木板の天井……辺りは薄暗い。

外から差し込む月明かりと、近くの畳に置いてあるランプの光で部屋全体の構造がなんとなく分かる程度だ。


「起きたか……」


耳元に入る少し低めの男性の声音。

黒に近い藍色の髪が、リエの頬を擦る。

視界全体に、その男性の顔が広がる。


「ヴァンス…こんばんは、かしら?」

「ああ、その表現で間違ってはいない」


リエの栗色の髪を指先で梳きながら、彼女の首元に顔を埋める。

ほんのりと甘い香りが鼻を擽る。

ご満悦気味の夫を横目で見ながら、リエは顔を顰める事無く、不思議そうに尋ねる。


「ところで…私をここに連れてきたのはどうして?」

「……少しは危機感を持て」


この場合、一般人なら叫び声をあげたり、顔が恐怖で彩られるはずだ。

だが、リエは疑問に感じた事柄を、普通に相手に問いかける

―――すなわち、肝が据わっている。


そういう性格が、彼女の長所であり、ヴァンスが好んでいる所だが…。

ヴァンスは、髪の毛をクルクルと指先に巻きつけながら呟く。


「今夜は付き合ってもらう…」

「何をですか?」


ヴァンスは口元に弧を描き、リエの顎を指先でクイッと持ち上げる。


「本式契約を…その身に刻ませてもらう」


少しだけ、リエの身体がピクリと反応する…。


「本気ですか?」

「俺はいつでも本気だ」


気がつけば、両手首をヴァンスが片手で束縛している。

少しの間、リエは思考するが、生憎と、いい脱出方法が浮かばない。



「……うーん」


「安心しろ。

時間はかかるが、適当に眠ったり、雑誌でも読んで気楽にしろ」


「まあ、サービスが充実していますね」


「交渉成立…と受け取るぞ。

その言葉…」



フッと不敵な笑みを浮かべる夫に、少し胸がときめいたのは内緒の話。





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