裏・御伽草子
□【5】First contact《差しのべられた手》
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両目を開けると…そこに広がるのは真っ暗な空間だった。
徐々に視界がハッキリしてきて、そこに映し出されたのは、青紫色の空
…何本にも分かれている長い長い道。
枯れた木々に、色褪せた大地…。
見渡すと、所々に僕以外の【人】がいて、座り込んだり、寝転がっている。
その人々の共通点…それは瞳が何の色も灯さず、無気力な屍だった事だ。
――――ああ、そうか…。
『ここ』が所謂、【地獄】という世界なんだ。
それを実感した途端、僕もその空間の片隅に座り込んでしまった。
今まで、僕はこの手で多くの人々を殺してきた。
僕に逆らう敵、気に入らない預言しか頭にない腐った信者
…そして、僕の【レプリカ】の数々。
僕の生前の所業が…この世界にいる【結果】であると自然と受け入れる事が出来た。
もうどうでもいい……疲れた。
そう思って、その場に蹲ってしまった。
時間はどんどん過ぎていく…。
もうどのくらい経過したのか、分からない。
ジッとその場で蹲りながら、ぼぉーとうわの空状態のイオン。
ふと、頭をよぎったのは、過去の走馬灯。
次々と見覚えのある人物が、イオンの頭に浮かんでいく。
そのほとんどが、生前の頃はどうでもいい者だと思っていた人物ばかりだった。
しかし…不思議とその人物の顔を思い出すたびに胸が締め付けられる。
(なんでだろう…あんな奴ら、どうでもよかったのに…)
そして…協力者のヴァン、そして…最後まで自分を慕っていたアリエッタの顔が浮かんだ瞬間、胸に詰まっていた何かが枷を外した。
気がつけば、目元からつぅ…と涙が出ていた。
「うぅ…僕は…ひぐっ…僕は……」
涙と共に久しぶりに声を発した。
本当は、苦しくて…寂しくて…その気持ちを誰かに知ってほしかった。
自分を最後まで「イオン」として受けとめてくれたアリエッタに…
本心を言えなかった後悔が押し寄せてきた。
今になって…
…自分が犯した業の重さが徐々に伝わってきたのだ。
「怖い…こわいよ…誰か…誰か…助けて…」
初めて、弱音を吐いた気がする。
こんな所で助けを請いても意味がないはずなのに…。
それでも…心に芽生えた寂しさから…解放してもらいたかった。
その時…僕に手を差し伸べたのは、『あいつ』だった。
「……小僧、なぜ助けを請う?」
たまたま、その空間を通りがかった一人の男。
もはや生きる屍と化した亡者ばかりの世界で、たった一人だけもがき苦しむ少年がいた。
その少年が、必死で立ちあがろうとする光景に興味が湧いたのだ。
「こわいから…寂しいから…
…もう独りぼっちになりたくないッ」
少年は泣きながら、縋るように男のマントを力いっぱい掴む。
仮に業を重ねてきた輩からみれば、その少年は酷く滑稽に映るかもしれない。
散々罪を重ねた挙句に今更、助けを請う等、見苦しい所業だと軽蔑するに等しい光景なのかもしれない。
しかし…その男、ヴァンスは…その少年を目にして微かに口角をあげた。
「……お前は自らの業を背負う覚悟はできているか?」
「…もう、とっくの昔に背負っている…そんなの…もう痛いくらい味わってるッ」
「威勢のいいガキだ。
ならば…その業を増やす覚悟で、この世の理を覆し、神をも恐れぬ冒涜に手を染める事は出来るか?」
その質問を投げかけた瞬間、イオンは気がついた。
目の前に居る男は…かつての協力者―――ヴァンに似ている。
いや…それ以上に、彼はこの世…全ての世界に憎悪の念を抱いている。
その瞳に宿している静かな…
それでいて誰一人として容赦なく一蹴する底知れぬ深い闇…。
怪しく光る翡翠色の瞳が、まるで鋭い刃で胸元を突き刺すようにイオンを射抜く。
通常なら、失神するだろう威圧感。
しかし…イオンは、その威圧感を感じ取りながらも、心の中で既に決意した思いを眼前の男に吐露した。
「僕は……あんたと一緒にいきたい!」
その答えを聞き、ヴァンスは「待っていた」と言わんばかりに、フッと不敵に笑いを零す。
「そうか…なら、俺の手を取れ」
差しのべられたヴァンスの手は…ひんやりして冷たかった
…けれど、それが僕には心地よく感じられた。
◇◇◇ ◇◇◇◇◇ ◇◇◇
(あれから、もう2年経った…早いもんだ)
苦い昔の思い出を振り返りつつ、【夢幻物語】の2巻を読み終えた。
ヴァンスの配下についてから、僕は半分は退屈だけど、刺激的な毎日を送っている。
下働きさせられたり、時折、面倒くさい情報収集をさせられる
…導師の頃とは思えないくらいの待遇だ。
「おい、イオン」
「あっ、おかえり」
アリエッタがいないのは寂しい。
以前のように、仕える奴らもいないし、一人でやれる事はしないといけない。
すっごく不便だと感じる事もある…
でも……
「今日は、僕がご飯作ってあげる!」
「……こがすなよ」
僕は――――「イオン」として満ち足りた日々を過ごしている。
すごく…幸せなんだ。
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