裏・御伽草子

□【1】遠い日の記憶
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ようやく目覚めた二人の主人は、些か不機嫌そうな面持ちを隠さずに、食卓のある日本間の部屋にいた。

20畳は軽くある広い座敷の中央に、細長い四角形の食卓が配置され、そこには朝餉が既に並べられていた。

鮭の塩焼き、豆腐の味噌汁、ほうれん草のおひたし…今日は和食のようだ。


食卓の上座にヴァンスは楽な姿勢で座る。

その向かい側の下座にイオンが座り、イタチはその横で湯気が立つ白飯を盛りつけている。



「ヴァンス、目が覚めた?」

「……ああ」


「本日は、良い鮭を入手しましたので、和食にしました。

あと、白飯に合う付け合わせも数品用意しておりますが…」



イタチが、白飯をよそった茶碗をヴァンスに手渡す。

ヴァンスは、ぼぉーとしながら部下の説明を聞く。


「如何なさいますか?」

「昨日の魚のだし汁で作った煮凝り…まだあるか?」

「はい、かしこまりました」


【煮凝り】とは――――ゼラチン質の多い魚や肉などの煮汁が冷えて、ゼリー状に固まったものを指す。

醤油や酒、ショウガなどでつくった煮汁で煮詰め、煮汁ごと型に流して冷す。

冷却に伴って自然にゼリー状の塊になったものを適当な大きさに切り、器に盛りつける。

煮込んだ魚などと共に食する事もあるが、今回は他のおかずも考慮して、【煮凝り】のみを要求した。


リクエストしたおかずも揃った所で、そろそろ朝餉が冷めないうちに食べる事にした。

ヴァンスが両手を合わせると、他の二人も同じように手を重ね合わせる。



「それでは…いただきます」

「「いただきます」」



これが……現在の朝の風景。

昔とは多少異なるが、俺にとって馴染みの日常へとなりつつある。

だが…やはり物足りない。


「どうしたの? ヴァンス」

「イオン、米粒がついてるぞ…」


イオンが、ご飯をモクモクと食べながら尋ねる。

イタチは彼の口元の米粒に気がついて、手拭いを渡す。

ヴァンスは二人の行動に、昔の妻と娘を重ね合わせる。


過去の幻影に縛られるつもりはない。

だからといって…過去を捨てるつもりはない。

ならば…自らの望みを…消えゆく幻を【現実】にすればいい。


フ、と笑みを零して、ヴァンスは止めていた箸を進める。


「なんでもない…ただな…」

「……どうしましたか?」

「男所帯に【花】でも加えるか…と思っただけだ」





【遠い日の記憶】





それを聞いたイオンは、意味が分からずに眉を顰めて首を傾げる。

イタチは…主人の意向を理解したようだ。


「そうなるといいですね」

「……ああ」


意味深気な会話をしながら、3人の朝餉の時間は過ぎていった。

ヴァンスの言葉が……現実のものとなるのはかなり後の話。


  


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