散り始める花

□始
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『おや?…誰だい?』


「………」




僕__沖田総司はいつもの通り、甘味処で甘い菓子でもつまんで帰るつもりだったのだ。



始めは興味本意だった。

最近近くの甘味処に腕のたつ剣士が住みついているという噂が町に流れた。

なんでも質の悪い浪士達に絡まれていた甘味処の主人を助けた事を機会に、主人にその根性を惚れ込まれたそうだ。

つい昨日にもそこいらを彷徨いている浪士たちを黙らせたとか。

その剣士とやらに特別用があった訳では無いのだが甘味処に寄るついでだ。金平糖でも食べながら、その面だけでも拝んでやろうと思い、甘味処の暖簾を潜った。


足を中に踏み入れて、すぐ目に留まる男が居た。
薄暗く決して明るいとは言えない室内の中に淡い金色が一つ己の瞳に映る。



「ねえ僕さ、ここにいる剣士のこと聞いて来たんだけど。それって君のこと?」



異様とも言える雰囲気を醸し出すその男の向かい側の席に座り、声をかける。



『おや?…誰だい?』


「……」



形の良い薄い唇から零れ落ちるように放たれた言葉。

悠々とした話し方をした彼に多少唖然した。浪士を黙らせる程の剣士であれば、勇ましく雄々しい者を想像していた。流石に新八のような筋肉の付き方では無いとしても、目の前で佇むこの男のような芯の細そうな奴では無いと思っていたのだ。

眠たそうに瞬きをした反動で男の長い睫毛はふさ、と端麗な碧を引き立てる。その瞳が僕を捕らえたと思えば、ゆるりと口角を上げた。



「突然で悪いんだけど、君って異国人?」


『…いや?…僕は日本人だよ…?』


「そう言われてもね。そんな髪の色の人種は日の丸の何処探したって居ないよ?」


『…んー…そんな事言われてもね。じゃあ、そうなのかな?』



首を傾げ質問を投げ掛けて来る彼は馬鹿にしているようにも思えた。

君は自分の生まれさえ知らないのか。
疲れた目頭を右手の親指と人差し指で押さえる。


「団子二つ、お願い」


甘味処の主人に溜息交じりの声でそう伝えた。

変若水。羅刹。雪村千鶴。
この頃立て続けに面倒事が起こった所為か、少しの事でで苛立ちを覚えてしまう。その抑制剤としても甘味は大事なのだ。



「それで、本題なんだけど。君は結局ここに住んでるっていう腕のたつ剣士なの?」


『そんな大した者ではないけど、まあそう言われているよ。…そういう君は沖田総司君だよね』



聞き覚えのある声が彼の口から発せられる。
成程。彼の京の町についての知識は浅くは無いようだ。はなから彼を異国人だと決め付けていた自分にとっては多少の驚きは有る。



「…へえ、知ってるんだ。君は?」


『僕の名前なんて聞いても得にはならないよ。ましてや女の子でもないのに』


「君の国では、女の子にしか名前を聞いちゃ駄目なの?」



彼の言葉に鼻で笑った。
彼の母国の文化がどうであれ、今自分が聞いた事に答えない彼に多少の苛立ちを持ちながら、いつの間にか運ばれていた二つの団子の内一つを彼に差し出す。



「はい、あげる」


『え、いいのかい?』


「うん。…それで君の名前は?」



僕が肯定の言葉を発すると目を輝かかせつつ、遠慮もせずに食いついた。



『ああ、名前ね。僕は桐生千遥(きりゅうちはる)。以後お見知りおきを』


「そんな畏まったって、お団子頬張りながらじゃ意味ないよ」


『…これは失敬』



結局、自分の名前は言ってもいいんだ。
等と、不思議そうに団子を頬張る彼を見詰める。

彼は会話が途切れるとまた団子に夢中になった。


町娘から聞くに、非常に美人で、男にしておくのが勿体無いぐらいだそうだ。

まあ、分らなくもない。
異国人かと思われる色素のない薄い金髪は高く結われており、指通りがとても気持ち良さそうで。
深く碧い瞳は何とももの哀しく輝いている。
肌は白く、睫毛も長い。彼が女だと言われても疑わない人は居ないだろう。



『いやあ、困った困った。新選組一番隊隊長様に団子を奢らせたとなると、主人にこっぴどく怒られてしまう』


「ふふ。まあ、良いんじゃない。僕が良いって言ったんだから」



口では"どうしようか"等と困った振りをしているが、その顔は全くと言っていい程困っている様子は無い。
案の定、僕の言葉にそれもそうか、と納得した彼は僕に礼を言い外へ出ていった。


彼の特徴なのかは知らないが、その独特の悠々かつ穏やかな口調は京の女子を魅了する一つなのだろうか。僕にはさっぱり分からない。























今夜はいつにも増して騒がしい。

終わりの見えない仕事に取り掛かっている俺は兎にも角にも疲労困憊である。

今日の総司は普段以上に凄まじかった。いつも見つからぬようにしまってある俳句も何処からか盗み出し、皆の前で詠む始末。幾ら怒鳴り散らしても反省の色の見えない奴に己も諦めの体制に入る。

等と、今日の事を思い出し、頬を引きつらせていた。

すると廊下を走る音が聞こえてくる。



「副長、斎藤です」



少しばかり焦った様子の斎藤に緊張が走る。障子の前で入る許可を待つ彼に、入れ、と言い渡し、障子より見える彼の顔を見詰める。



「どうした、斎藤」


「どうやら新撰組の一人が逃げ出したようで…」


「……ちっ、またか。」



苛立ったように舌打ちを放つ。
斎藤の言葉を聞いた俺は斎藤に付いてくるように命令を出し、急いで羽織を着、月が輝く闇へと足を運んだ。


途中で総司と合流し共に探していると、暗い夜道には目立つ白い“なにか"が目に映った。



「おい、総司」


「わかってますって」



やれやれとでも言いたげな態度。仮にも上司の己に対する態度か、等と構っている暇も今は無い。
その隊服を着た“なにか"に背後から忍び寄り、時が来るのを待つ。



『…気安く触らないでくれ』



良く通る澄んだ声が聞こえる。"なにか"の立つ、その又もう少し奥から聞こえた。その声の主は“なにか"の前にいるようだ。

その場に居た三人は焦燥感に駆られる。

もしも“アレ"の事がまた誰かに流出したら、事はそう簡単に収まらない。

雪村千鶴には既に流れてしまったのは事実。これ以上秘密を知る者が増える事は新選組として避けたい。


"アレ"がゆらりと覚束無い足を踏み出した瞬間、総司が心臓目掛けて刀を突き刺した。

素早い動きで刀を抜いた総司は、吹き出る鮮血を頬に付けている。



「斎藤。隊服は脱がしておけ」


「御意」


倒れた“ソレ"にはもう動ける生命力は無かった。
斎藤は慣れた手付きで隊服を脱がし、懐に抱え込む。



ふと"アレ"と対峙していた者に目をやると、淀んだ眼差しで夜空を見上げていた。
薄い金髪を夜風に揺らし、青い瞳は何も映さないように光さえ失っていた。


よくもまあ、こんな怪物に襲われても平然としていられるな。
余程図太い神経の持ち主なのか、それとも。




「……あれ、君は甘味屋の…」


『あれ、沖田君。こんばんは?』


「…呑気だね。君、今の状況わかってる?」


『…うーん、よく分らないかな。変な奴に絡まれたという事は分かっているけど、君がここに居る事の意味が全くね』



何やらお互いを認知している様子の彼等。どう言う事だと総司を鋭い眼光で睨む。



「おい、総司。そいつと知り合いか」


「顔見知り程度ですよ」


「…はあ、取り敢えず屯所に連れて行くぞ」



あれ、斬っちゃわないんですか?という総司の言葉を無視し、特に抵抗もしないそいつの腕を後ろで縛った。



夜空に映る金色の髪は神秘的で、むしろ恐怖さえも感じられた。











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