ディバゲ

□蒼のクリスマス
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水を操る彼は美しく、初めて彼を見たのはそう青くて赤いクリスマス。そこには日常が一転し非日常だけが取り残されていた。時が止まったようだった。



12月25日 イルミネーションで飾られた街を1人歩く。というのも友人と買い物に来ていたのに自由気ままな友人がいない。いつの間にかはぐれてしまったようだ。彼女のことだしそのうち見つかるだろうと私は仕方なくふらふらしていることにした。するとふと
(君も初恋の相手じゃない)
と耳元で声がした。何かしらと振り返ってもそこには誰もいなくて可笑しいな。と首を傾げる。

すると何処かで水音がした。まるでそっと耳に触れた誰かの声のようなそれを私は好奇心から追いかけた。


興奮する気持ちとままならぬ恐怖心に苛まれつつも音のする方へ着実に歩を進める。すると広場に出た。そこには紅い絨毯の上で気怠そうに立つ青い人影が見えた。


「君、誰?」
突如、前方に見えていたはずの人影が私のすぐ後ろで声を発する。
「えっ?」
「何しに来たの。」
「いや、あの水音がしたから…」

彼の有無を言わさぬ物言いに上手く言葉が出てこない。それに青い彼の周りは紅い絨毯などではなかったし彼自身、返り血で青くなどなかった。下手をすれば殺されかねない。何か言うべきだろうか。と思案していると
「初恋って何」
この場にもっとも似つかわしくないであろう問を投げ掛けられた。

「初恋…ですか?」
と聞き直すと彼は首を縦に振る。
「初めて恋するって意味なんじゃ…」
「知ってる」
「えっとその人のことが頭から離れなくていつも目で追っちゃったりとかもっと一緒に居たいなって思うのの初めてが初恋かと…」

何故初恋について説明する必要があるのか私にはわからないが取り合えず質問に答えておけばいいのだろうか。
「それってどんな感じなの」
「えっとドキドキして鼓動が早くなったり辛くて胸が締め付けられたりします。多分…」
「そういうのよく知らない」
「そうなんですか?でも、恋愛してるのって楽しいことばかりじゃないですけど、しないより毎日が楽しいし、知らない自分の一面に気づいたりしますよ?」

「…言葉で幾ら言っても伝わらない」

伏し目がちに寂しそうに呟く彼はまるで失恋したての女の子のようだ。

「恋したらきっと考え方も変わりますよ」
「そう思うなら恋させて」

そう言って彼は血塗れの冷たい掌で私の頬を優しく撫でた。その一連の動作が様になっていて思わず息を呑む。

「あっ、あの…「犯人を捕えろ!」

突然賑やかになる広場。瞬く間に警察官や特殊部隊に囲まれる。
「人質を解放せよ!」
初恋談義ですっかり忘れていたが、彼は大量虐殺犯だ。そしてどうやら私は人質らしい。どうしようかとわたわたしていると

「名前は」
「えっ?」
「君の名前」
「えっと、名無しさんです。」
そう。と言って彼に抱き寄せられる。

「名無しさん、必ず迎えにいくから。」

そう耳元で囁いて彼は私の肩をトンと押した。


後は映画のようだった。凶悪犯罪者は捕縛され連行された。はぐれた友達が駆けつけ必死に大丈夫?とか何もされてない?とか言って抱き締めてくれた。口では大丈夫だよ。ビックリしたけど。とは言ったものの
おおよそ大丈夫ではない。私は名前も知らない凶悪犯罪者に心を奪われてしまったのだから。


私を迎えに来ると言った彼の名前はシュレーディンガー
あれだけのことをして監獄から出られるとは思えない。それでも私はもう一度彼に会いたくて今年のクリスマスも人が疎らな街を彷徨く。

再び水音がするまであともう少し
 

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