薄桜鬼

□恋ってこんなものですか?
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(あ、落ちる)

そう思った時には、あちらとこちらで人だかりができていた。






『っ痛ぇな、よそ見すんなよ総司!』

ブーブー言いながら訴える我が大将は、気づいたら砂まみれで転げていた。わらわら集まる人だかりは、少し離れた向こう側でも同じようになっている。

『よーし、両組とも落馬があったからいったん休憩!』

これ幸いとばかりに、各々日陰を見つけて散っていく。総司はその群れの中に、白組の落馬した騎馬を探した。

いた。

ひとり群れから離れて校舎に向かう後ろ姿。わずかに左足を引きずっている。まだブーブー元気な大将を放ったらかして、総司は後を追った。


炎天下の外にずっといたから、校舎の中がすごく暗く感じる。どこのクラスもまだ授業中で、とくにこの1階に教室はないから、辺りはシンと静まり返っている。4階の音楽室から、ピアノの音だけが遠くで響いていた。

保健室。

その前で足を止めた。中から話し声はしない。保健医はいないのだろうか。ドアをノックすると、「どうぞ」と静かな声が返ってきた。

やはりひとりで彼はいた。丸椅子に座って、何か考えている風だった。

「あの、さっきは大丈夫?」

声をかけると、はじめてそこに人がいる事に気付いたみたいに、少し驚いたような顔をした。けれどすぐに冷めた表情になって、「別に」と一言発した。

「保健委員に付き添ってもらえばいいのに」

足を引きずりながら歩いていた姿を思い出しながら、総司は訊いた。

「保健委員は女子だから。それに大した怪我じゃないから、他の付き添いもいらない」

(ふうん…)

体育祭の予行練習。
今日は、赤組の5組と白組の1組で騎馬戦の練習をしている。女子は体育館でダンスの練習中で、休憩中の男子がからかい半分で覗きに行っている。

彼は、身を屈めて左足の靴下を脱いだ。頭には白のはちまきを巻いたままで、落馬のせいで白い体操服が汚れてしまっていた。

(足首…細い。くるぶしが)

きれいに浮き出ていた。

「で、あんたは何しに来た」

足首に湿布を貼って、その上から包帯を巻こうとしている。

「だから、大丈夫かなと思って。独りだったし」

「余計なお世話だ。あんたは自分の仲間を心配するのが先だろう」

なかなか包帯がうまく巻けないらしい。何度も巻き直している。
同じ落馬でも、総司はよそ見、彼は真剣にはちまきを取り合って落馬した。彼は、総司がよそ見をしたせいで、担いだ仲間を落馬させたとは知らない。

「まったく…体格だけで上に担がされる身にもなってほしいものだ。あんたは…」

総司の体にさっと目を通した彼は、「下か…」とため息混じりに言った。

「下だって大変なんだよ」

「だがあんたは、何もないところで落馬させたではないか。争っていたならまだしも、責任感に欠ける…」

(え…?)

予想外な彼の言葉。総司が彼を見ていたように、彼も総司を見ていたのだろうか。

「あ、いや…何でもない」

ふいと顔を逸らして、再び包帯を巻き始める。けれど、なかなか上手くいかずに苛立っている様子だ。足首が痛むのか、細い眉を寄せている。

「かして」

「な、おい…っ」

彼の手から包帯を奪って、膝まずく。足首に触れると、椅子を引いて離れようとした。

「っ…」

「痛むんでしょ、大した怪我だと思うけど?」

「は…離せ。放っとけ…」


ガラッ


『斎藤、大丈夫か?あれ、おまえは5組の沖田じゃねぇか。珍しい組み合わせだな。じゃあ手当ては沖田に任せるとして…斎藤、おまえ今日は帰れ。斎藤が本番に欠場されたら困るってみんな言ってるから、しっかり治してくれよ』

「え、先生…」

『敵を助けたことを後悔すんなよ、沖田。騎馬戦は白組がもらったぜ。ハッハッハッ』
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