薄桜鬼
□if~明治編
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どうもここ最近の斎藤は落ち着きがない。
気に入りの肘掛け椅子に腰掛けて新聞を広げている土方は、隣の和室でウロウロ歩き回る男が嫌でも視界に入って煩わしい。犬が自分の尻尾を追い回しているようにも見える。
「おい、いい加減にしやがれ。落ち着いて新聞も読めやしねぇ」
少しきつめに声をかけると、はた
と動きが止まった。
「あ…申し訳ありません」
そう言って、叱られた犬のように頭を垂れた。折り目正しい袴の生地の上に両の掌をきっちり添えて、これまた折り目正しく腰を折る所作の良さは相変わらずだ。
日頃、斎藤は和装を好み、土方は洋装を好んで着ている事が多かった。斎藤はやはり着物が落ち着くと言い、土方は着なれてしまえば洋服の方が身軽で動きやすかった。
土方は新聞を畳むと、斎藤に向き直って訊ねた。
「これから出かけるんだろ?さっさと支度しねぇと遅れるぞ」
「あ、はい…」
土方に仰がれて、のろのろと壁に掛けられた警視局指定の制服に着替えはじめた。細身の斎藤によく似合っていて、土方はこの制服姿を見るのが好きであった。
「何か悩みでもあるのか」
黒地の上衣に腕を通して最後のボタンを止め終えた斎藤の様子を窺った。その姿に目を細めてしまうのは、土方の癖になってしまっている。
「どうも腰が寂しくて…」
「腰が?」
右腰に手をあてて困ったように眉を寄せる斎藤に、土方はなるほどと思い当たるところがあって、つい苦笑した。制帽を取り、出掛けようとする斎藤に歩み寄った土方は、ズボンで引き締まった形の良い尻に手を添わせた。
「確かに最近、おまえの勤めが忙しくてご無沙汰だからなあ」
わずかに身を捩らせた斎藤は、けれど耳を紅く染めながらも土方の意を否定した。
「いえ、その…」
そんな斎藤に、土方の方がばつが悪くなる。斎藤の視線の先の箪笥(たんす)に目を向けた。
「国重か?」
鬼神丸国重。かつて斎藤が新選組の名で、数えきれぬ程の生き血を吸ってきた彼の愛刀である。今は箪笥の奥で静かな眠りに就いているに違いない。
この年、新政府は廃刀令を発布した。武士という存在が無くなった新しい時代に、かつての武士が最後のよりどころにしていた刀までも取り上げられるという大事件であった。
これによって、斎藤も常に傍らにあった刀を箪笥の奥に葬るしかなかった。おそらく、多くのかつての武士たちが同じ想いでいるだろう。帯刀して外を歩けなくなったから、木刀や六尺棒を腰に差した。
「土方さんは、平気なのですか…?」
「俺は物事に執着しねぇ質だからな。それに、おまえと違って晴れて二本差しになったのはあの京入りからだよ。百姓に戻ったと思えば何ともねぇ」
土方の愛刀は、もう手元に無い。もし無事であるなら故郷の義理の兄の家だが、土方には知るすべもない。過去に想いを馳せても仕方ないから、やめた。キリがないのだ。
『御免下さい、お薬お願いします』
裏玄関からの来訪者に、土方は斎藤との話を打ち切った。
「っと…ほら、さっさと行け。腰が寂しい理由がそれじゃあ、俺にはどうすることもできねぇよ。…変に誘っちまって悪かったな」
そう言って、何でもないように斎藤の肩を叩いてから裏玄関へ行った。
制帽を被った斎藤は、これも肘掛け椅子と一緒に土方が何処からか譲り受けたか買い取ったかした、西洋風の机に目を落とした。
新聞には、目まぐるしく変わる新政府の動きが伝えられていた。
御一新の後も、いまだひとつになりきれないこの国に最後の嵐が訪れそうである。
斎藤は、じっと記事を見つめたあと六尺棒を手に取って玄関を出た。