薄桜鬼

□新八
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狭い小路を抜けて、開けた通りに敵を誘い込む。その数ざっと十余りか。
自然、俺と新八が二手に別れれば、向こうも分かれてそれぞれに対峙した。刀を構えながら、壁に背を預けると、相手が動き出すのを待った。

静寂が夜の闇を支配している。近くで、地面の砂利を擦る音が響く。恐らく新八も、壁伝いに敵と向き合うことに成功したようである。

背後は守ることができたから、後は相手の出方次第だ。一対一であれば、有無を言わさず一刀で斬る。だが、複数となれば初太刀は不利だと自負していた。己の居合い術は、相手に何の寸暇を与えず気づけば屍となる。悟られぬ内に始末する術だから、敵が複数いればいくらか機会を窺う。それでも、最初の一人は自分でも気づかぬ内に斬って捨てていたが…



勇ましい掛け声と共に、刀が激しくぶつかり合う。乱れる複数の砂利を踏む音。新八が賭けに動いたのだ。


………大丈夫なのか。


賭けに出るには少し気が早いような気がするが、新八の事だ、勝算があるのだろう。今は人の事より自分に集中…


「…!」


頭上の月が急に光りを失ったと思ったら、壁の向こう側の庭から、壁を乗り越えて来た新たな敵が舞い降りた。
それを合図に、今まで俺を囲っていた奴らが一斉に斬りかかってくる。


突如現れた敵に、少なからず動揺し呼吸が乱れた俺は、体勢を立て直すのに時間を要した。

一人ずつ、確実に、振り降ろされる剣を払っては受けた。
目の前の防戦に集中していた俺は、背後への気配を読めなかった。



「おめぇの相手は俺だろうがっ!」


その声に、正面の敵の剣を跳ね返して俺が振り返ったのと、背後の敵の首が飛んだのは同時だった。
激しい血飛沫の向こう側に、新八がいた。


「新…」

「わりぃな、斎藤。あっちの奴ら頼めるか?」


顔に返り血を浴びた新八は、それを乱暴に腕で拭った。首筋には、珠のような汗が流れている。
俺のことなんか見向きもせずに、先程まで俺が相手をしていた奴らを真っ直ぐに見据えている。


「頼んだぞ。」


すれ違いざま、肩を叩かれた。


「…あぁ。」


ようやく、呼吸が整った。

そして気付く。先程俺が相手をしていた奴らより、明らかにこちらの方が腕が劣っている。
得意の一撃で倒していった。
最後の一人に深傷を負わせ、敗走へと追いやった。

すぐさま新八を振り返ると、その剣さばきに目を奪われた。



敵にぐるりと囲まれた輪の中、なんとあざやかに立ち回るのか。


腕利きな奴らも、彼の剣に翻弄され、傷を負って倒れ込む者もある。


「新八!」


助太刀しようと走り寄ると、


「ここはもう引き上げる!…いつもの所だ!」


いつもの所、というのは、新八が贔屓にしている茶屋の裏口の事である。
二人同時に退くよりも、別々の方が敵に付けられにくいからだろう。


「わかった。」


新八が気掛かりだったが、大丈夫だと自分に言い聞かせて、走った。
それを見た何人かの敵が、新八から離れて俺を追って来る。


………これで新八のカタがつく。




剣のぶつかり合う音が、遠ざかっていった。
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