立海

□俺の幸村
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『俺は真田が好きだよ』

『おかしいだろう?でも自分の気持ちに嘘はつきたくないんだ』

バレンタインのチョコが入った紙袋を抱えながら、幸村は突如として言ったのだ。
帰りの昇降口の下駄箱の前だった。

『この好きをどう受けとるかは君次第だ』

頭の整理がつかなくて何も答えられずに黙っていたら、

『あと…これは俺から君に』

先の告白よりもずっと恥ずかしがりながら渡されたのはチョコレートだった。

『俺に…?』

恥じらいの色を隠さない幸村を初めて見た。
見たら、俺も恥ずかしくなってうつ向いた。

『手づくりなんだ…いらなかったら捨ててくれ。なんか、ごめん』

きびすを返す幸村の手首をとっさにつかんだ。
涙を浮かべるその瞳に、俺も答えなければいけないと思った。

『ありがとう。大切に頂くとしよう』

幸村のチョコレートは、形がいびつだったりカップからはみ出したりしていて、俺の気持ちを惹き付けて楽しませた。

翌月の放課後、ホワイトデーのお返しにあちこち回る幸村をつかまえた。

『それはまだ続くのか』

紙袋の中を覗き込んで聞いた。

『何だ、もう済んでいるではないか。話があるのだ。帰ろう』

すると幸村はこわばった顔をして後退りながら、

『ぁ…真田…俺はまだ用があるから』

幸村には珍しく下手な嘘だった。

『なぜ俺を避けるのだ』

気分を害した俺は訊ねた。
バレンタインのあの日以降、幸村は明らかに俺を避けていたのだ。

『納得いかんぞ』

『それは…』

『自分の気持ちだけ吐き出しておいて、俺の気持ちは無視するつもりか』

さらに一歩後退しようとする幸村の腕を取って見据えた。
怯えたような目をする幸村に、なぜここまでして詰め寄るのか自分でもわからなかった。

『俺が怖いか』

怖いはずだと思いながら、訊ねた。
幸村相手にこんな威圧的な態度をした試しがないのだ。

『こわいよ…すごく』

面と向かってそう言われると傷つく。

『真田の返事がこわいんだ。覚悟はしているけど…こわくて逃げていた』

俺に対して弱気を隠さない幸村は見ていて辛かった。

『てっきり先週の俺の誕生日に返事をくれると思っていたから。音沙汰がないから黙って振ってくれたんだと思うようにした』

『幸村』

『ふふ…真田は優しいから。でもそれでいい』

無理をした笑顔は、俺の好みではなかった。

『今年のバレンタインはお前もチョコをもらったと噂で聞いて、つい…』

放っておけばしゃべり続けそうな幸村の手に、用意していた物を握らせる。

『手づくりだ。いらなければ捨ててくれ』

『真田…?』

『俺はお前のチョコを余すところなく食べたぞ。とてもおいしかった。それと、満足いくチョコがなかなかできなくて、誕生日に間に合わなくてすまなかった』

『…開けていいかい?』

ひとつ頷いてみせた。

『もぅ…完璧主義だなぁ。俺のチョコの立場がないじゃないか』

チョコをひとつ摘まんで口に入れた幸村は、

『味も、おいしいな…』

『な、なぜ泣くのだ!』

通りすがりの生徒が訝しそうに俺を睨んで行くはないか。

『そもそもお前だって毎年チョコレートを沢山もらっているではないか』

ハンカチを差し出しながら、毎年この季節に気にかかっている思いを伝えた。

『俺のは全部義理だよ。でも真田は違うだろ。もらったのはひとつでも、チョコの重みが違う』

悲しそうに言う幸村に、嘘はつけなかった。

『受け取りはしたが丁重にお断りしたのだ』

『なぜ?』

涙を拭ったハンカチを返しながら幸村が問う。

『俺にはまだ早い』

『そう…』

『テニスと幸村で精一杯だからな』

考える事なく、自然にそう告げた。
するとまた幸村は頬を涙で濡らしたが、直ぐにぐいと手の甲で拭って、

『苦労かけると思うけど、真田弦一郎を好きになってしまった精市を許してほしい』

強い眼差しを俺にひたと向けた後、頭を下げた。






(中学2年のあの日は昨日の事のように覚えている。ただ、幸村のチョコが全て義理だかどうかはあやしいが…)
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